第3話 〈ロックミュージック研究会〉には、変な噂がある

 アオと出会った教室は、〈ロックミュージック研究会〉という聞いたこともない部活の部室だということを後になって知った。


 普段は人が近づかない場所にひっそりと立つ古い校舎。アオはその校舎の一室にいた。


 アオに会って以来、俺はその歌声を何度も何度も思い出すようになっていた。

 またアオに会いたい。アオの歌を聴きたいと思う。けれど、ひよりのことを考えるとそんな風に思うのが申し訳なくもあった。


そう。ひよりちゃんの様子はどう?」


 不意に悠治ゆうじが俺の肩に腕を回してきた。みんなが腫れ物扱いする中で悠治だけは、ひよりのことを心配しつつも、以前と変わらず俺と接してくれている。


「相変わらずだよ」


 それ以外に応えようがなかった。

 ひよりは、相変わらず元気がなく、相変わらず部屋に引き篭もったままだ。そして、相変わらず声を出せない。


「そうか。心配だけど、俺たちにどうにかできることじゃないんだよな……」


 悠治は顔を少し俯けて、悔しそうに口を尖らせた。そして、すぐに顔を上げると、


「悩んでばっかでもしょうがないし、奏まで塞ぎ込んでたら、ひよりちゃんはもっと辛くなると思うぞ」


 と明るく言った。


「だからさ、気晴らしに俺の趣味に付き合えよ」


 俺の肩に乗った悠治の腕に力が入る。少しだけ痛い。

 

 悠治の趣味というのは、都市伝説の収集と調査、そしてその解明だ。何が楽しいのか、昔から悠治はオカルトじみた不思議な話が大好きだった。オカルトじみた話であれば、どんなに胡散臭くても信じてしまう。


 昔、一度ひよりと一緒になってどこまでありえない話なら悠治は疑うのか、試したことがある。最初は信憑性のあるものを考えて話したのだが、その必要はなかったとのちに分かる。

 結果からいえば、悠治は俺たちの作り話を全て信じてしまったのだ。最後の方なんて幼稚園児でも信じないようなとんでもない話だったのだが、それでも悠治は本気で信じた。

 

 オカルト以外の話、例えば『次の定期テストの範囲はこの辺りらしい』という噂話は、用心深くしっかり裏どりをするまで信じないくせに、それがオカルトとなるとどんな噂話でも根拠なく信じてしまう。それが悠治という男だった。

 

 ちなみに、本人的には解明することが趣味の本質で、それが目的であり使命らしいのだが、解明されたという話を聞いたことはない。


「付き合うったって、何をするんだ? まさかまたお前の与太話を延々と聞かされるってわけじゃないだろうな」


「もちろん、それでも俺は構わないんだけどよ。それじゃいつもと変わらないし、気晴らしにならないだろ? 実はな、今回はもっといいのがあんだよ」


「もっといいの? お前から、なんてものが出てきた試しがあったか?」


 俺が少し意地悪く訊ねると、悠治は腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「おう。お前さ、この学校にまつわる都市伝説って知ってるか?」


「都市伝説? いや、知らないな」


 そもそも俺はそんなに不思議なものに興味があるわけじゃない。どこかで聞いたことがあったとしても忘れてしまっているだろう。


「そうか。実はつい最近仕入れた話があるんだよ。知りたくないか?」


 悠治はもったいつけるように言った。

 それほど知りたいとも思わなかったが、俺やひよりのことを気づかってくれている悠治を無碍むげにもできない。半分お世辞を込めて

 

「まぁ、知りたい……かな」

 

 と応えると、悠治は満足そうに「そうだろ、そうだろ」と頷いた。


「実はよ、この学校には〈ロックミュージック研究会〉って部活があって」


「ちょっと待て、なんていう部活だって?」


「だから、〈ロックミュージック研究会〉だよ」


 思わず大きな声で訊ねた俺に、悠治はやや困惑気味に応える。しかし、それほど気にした様子もなく、続けた。


「その〈ロックミュージック研究会〉には、変な噂があるんだ」


「噂? どんな噂だよ」


「それがな、〈ロックミュージック研究会〉の会長は、どんな願いでも叶えることができるって話なんだよ」


「なんだそりゃ。全然怖くないじゃねぇか」


 あまりにも漠然としている上に、到底あり得るとも思えない話に拍子抜けしてしまう。

 

 学校で噂される都市伝説といえば、学園七不思議とかそういったたぐいのものだろう。それだって実際に起こるとは思えないものばかりだが、トイレの花子さんだったり、夜中になると動き出すモナリザの絵だったり、基本的には怖い話だ。

 しかし、悠治が告げた都市伝説は全く怖くなかった。


「この手の学校の不思議にしては、全く怖くないってのが妙にリアルなんだよ」


 表情から俺の考えを察したのか、悠治は解説するように言った。俺はそういう考え方もあるか、とは思ったが、納得はできない。


「それで、その〈ロックミュージック研究会〉なんだけどよ。俺の調査によれば、部員が一人しかいないらしいんだ。つまり、そいつが会長ってわけだ。そいつに話を聞いたら、一発でこの都市伝説の真相は解明できる。どうだ? それほど難しいミッションじゃないし、気晴らしにはピッタリだろ? それに願いが叶うならひよりちゃんの声も治せるかもしれない」


「──分かった。付き合うよ」


 少し迷ったが、ひよりのことを言われると藁にも縋りたい気持ちだった。


「ところで、お前その〈ロックミュージック研究会〉の部員に心当たりはあるのか?」


 訊ねると悠治は申し訳なさそうに頭を掻いて、「それが……全く……」と呟くように言った。


「そうか。実は、俺に心当たりがあるぞ」


「えっ!? マジ!? なんで!? 心当たりって、どんな?」


 少しもったいつけて言ってやると、悠治は目をキラキラさせて顔を上げる。

 この表情を見るに、俺の気晴らしのためというのは、嘘ではないのだろうが、自分の趣味のためという方がウエイトとしては大きいようだ。


「昨日、その〈ロックミュージック研究会〉ってやつの部室で、女の子に会った。たぶんその子がその部員だと思う」


「奏、でかした! じゃあ、早速今日の放課後にでもその部室に行ってみよう」


 思わぬところから〈ロックミュージック研究会〉の部室にもう一度行く口実ができた。

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