第107話 女王、脅迫者になる

 炎が完全に消え去ると、部屋が心なしか明るくなる。


「私達必要だったかしら?」


 エナの呟きが聞こえる。


「念の為よ。それにこれからもしかしたら必要になるかもしれないの。みんなちょっとここで待っててね」


 私は自分の城の別邸の地下室に転移する。そして、実験室のホムンクルスを作る為の容器の前まで進む。容器の中は既にホムンクルスを作る材料で満たされている。しかも、今回はロールアンクスの一部まで入れている。私はそこに最後の材料であるローディザイドの肉体の欠片を入れる。魔力を気にしなくていいだけあり、すぐにローディザイドのホムンクルスが出来上がる。ローディザイドは黒い炎を纏った恐ろしい姿ではなく、浅黒いハンサムな若い人間の男の姿として出来上がった。

 ローディザイドは容器から出ると、簡素な黒い服を纏い、私の前に跪く。


「過去の行いをお許しください。これからは、マスターの忠実なる僕として、お役に立つよう努力いたします」


 私はローディザイドのステータスを確認し、ホムンクルスの出来に満足する。


「ええ、もちろんよ。わざわざ貴方を罰するために作り出したわけじゃ無いもの。じゃあ付いて来て」


 私はローディザイドと共にまた最後の決戦の場所へと戻る。


「あら、まだ主神ロナゴート様は現れてないのね。祈った方が良いのかしら?」


 本来なら、この場に主神ロナゴートが現れ、再び神と人間が共存する世界が到来することを告げるのだ。だが帰ってきた後、暫く待ったがロナゴートは現れなかった。仕方がないので私とホムンクルス達は現れてくれるよう祈った。



 ロナゴートの耳に地上から呼ぶ声が聞こえる。それはロナゴートの耳にだけ聞こえるのではなく神界全域に響き渡っていた。悪しき神人の子孫である王族や貴族を滅ぼし、邪神ローディザイドまで倒したのである。それに応え地上に出向くのが主神としての義務だろう。だが、ロナゴートはそれができずにいた。


「地上から貴方を呼ぶ声が聞こえますね。彼女でしょうか。しかし、神界全域に声を響かせるとは恐ろしい者もいたものです。ん?、どうしたのですか?」


 ロナゴートはそれには答えず、自分が見ていたパネルを指さす。その指は小刻みに震えている。イシントがそこを見ると、予想通りの人物が映っていた。それを見てイシントも固まる。

 6人の男女がロナゴートに祈っている。その中心となる人物は顔も見えない重厚な鎧に身を固めている。それは良い。だが唯一の男は邪神ローディザイドではなかろうか。それに加え、男女の上にはオーラとも言うべきものが映し出されている。それは一見人の形をしている。光り輝く金髪に、美の女神と比較しても遜色のない美しい顔は、以前見たウィストリア女公爵だ。同じ顔でありながら、神々しく光り輝いている。だが、着ているのは闇よりもなお黒い、光りを吸い取るような色のドレスだ。以前のような羽衣ではない。そして袖から出ているたおやかな細い指先には、血を固めたような真っ赤な鋭く長い爪が付いている。あの爪は危険だとイシントの魂が告げている。あの爪で切り裂かれたら、自分など何の抵抗もできないだろう。

 そして彼女は女神の様な微笑みを浮かべ、その美しいサファイヤブルーの瞳でじっと自分達を見ている。間違いない、彼女はこちら側が見えている。そして微笑みつつもその手が少しずつ上がっているのが見える。あれが上がり切った瞬間それはこちらに向かって振るわれるだろう。あの爪は絶対的な死そのものである。イシントは自分が震えているのを感じた。神である自分が死の恐怖に怯えていた。


「ど、どうするのですか、ロナゴート……」


 震える声でイシントは尋ねる。


「地上に降りるしかあるまい。下手したらあの爪は私だけでなく、この神界すらもズタズタにしかねん。彼女は無自覚だろうがな……」


 ロナゴートは一度大きく深呼吸をすると、地上に降りて行った。



 私達が暫く祈っていると、急に部屋全体が明るくなり、そこに光り輝く壮年の男性が現れる。間違いない。この世界の主神ロナゴートだ。


「セシリア・エル・ウィステリアよ。よくぞ悪しき者達を倒し、この地に平穏をもたらした。そなたは何を望む?」


 ゲームでは主人公は神々と人間の共存を望むのだが、私は違う。正確には共存には違いないのだが、同じ場所に住もうとは思わない。


「神々と人とが適度な距離を持ち、それぞれの場所で生きる世界です」


「ふむ。具体的には?」


「彼、ローディザイドは魔界を作り、人間の負の感情や魂を集めつつも、溜まりすぎないように昇華してもらいます。具体的には台風や洪水などの災害の形をとって。そして神々はこの大地の上にある穴を、もっと離れた位置に持って行って頂きたいのです。具体的には地上に影響が出ない距離まで」


「それでは、地上からの声が届きにくくなるし、我らも加護を与えにくくなるが」


 この大地の上にあり太陽の光を遮っているのは、天界へと通じる穴だ。かつて神と人間が共存していた頃は、天界などなかった。この穴は人間への罰と同時に、天界を作った時の名残でもある。


「最早、人は自分達で立って歩けます。いつまでも赤子ではないのです。人は人の世界で、神は神の世界で生きていくのが宜しいかと思います。人間が道を踏み外しそうになった時、ほんの少しだけ助けていただければ良いのです」


「そなたは、自分で管理しようとは思わぬのか?」


「私はただの人間です。早死にするつもりはありませんが、寿命があります。それはローディザイド以外のホムンクルス達も同じです」


「え?」


 突然ロナゴートが驚いた声をあげる。


「はい?何かおかしい事でも?」


「ああ、いや、そうだな。確かに人間たるもの寿命は有るな。うむ。確かにお互い適度な距離を保つことは必要だ。実に素晴らしい提案だった。その望み必ず叶えよう」


 なんだか、ロナゴートがほっとした顔をしたような気がするが、気のせいだろう。ロナゴートは私と約束をした後、消えていった。ロナゴートは物わかりの良い神だった。さすが善なる神である。最悪力ずくでと考えていたが、杞憂に終わった。


「ふう。なんとか終わったわね。さあ、外に出ましょう」


 私達が外に出ると丁度空が暗闇から段々明るくなっていくところだった。


「光だ、光が戻った!」


 王都の人々が歓喜に震え、涙を流しながらあちらこちらで抱き合っているのが見える。私はそれを見て達成感に満たされた。


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