第105話 女王、魔王になる

 中央軍の戦力の中心はファランクスと呼ばれる、大盾と6mもある長槍を装備し、密集体形で進む歩兵である。これだけの長さの槍を片手で持って攻撃できる兵士を、これだけ集める事ができるのは中央軍以外にはなかった。そしてそれは開けた土地での前方への攻撃に関しては無類の強さを誇る。

 笛の音と共に突撃を始めた中央軍、だがその直後に空から何十という雷が降ってくる。雷の光でドラゴンの姿が浮かび上がる。空には通常では考えられないほどの数、数十、いや下手したら百体以上のドラゴンが舞っていた。


「くくくっ。人間同士の争いに我らが先鋒を任せられることになろうとはな。長生きをすると思いもよらぬ体験ができるものよ。さあ皆の者、思う存分暴れよ!魔力の尽きるまで、ブレスを吐き続けよ!」


 雷竜デニュゼストの掛け声のもと、雷の嵐が吹き荒れる。ブレスが1回地上に放たれるごとに何人もの人間が倒れていく。突撃は止まり、陣形が乱れていく。



「航空優勢は基本中の基本よね。まあ、この世界の戦いにはないものだけど」


 私は敵の陣形が崩れていく様を見ながらそう呟く。


「敵の陣形が乱れました。攻撃の好機かと」


 キザラートが私に近づき話しかけてくる。突撃の号令をかけてほしいのだろう。だが私はまだかける気はない。


「まだよ。デニュゼストばかりに手柄を取られたら、彼がここまで来た意味が無いもの」


 私は悪戯っぽく笑ってキザラートに答える。



 中央軍の歩兵たちが大盾を上に向け、ブレスを必死に耐えている中、地面がぼこぼことふくらみ、中から骨の手が、頭が、そして胴体が現れる。スケルトンだった。不意をうたれた歩兵たちは、レベル的には格下のスケルトンになすすべもなくやられていく。


「ヒヒヒッ。あのお方も気前が良いものよ。ここで死んだ敵の死体は全部儂のものにして良いそうだ。さあ、我が王国の民よ。殺せ!殺しつくせ!」


 空中にいつの間にか現れたのはエルダーリッチのベシマバルだ。この日光が差さない中央では自由に活動できる。



 「まあ伏兵も、戦いの基本よね」


 「はあ、まあ」

  

  私の呟きにキザラートはどことなく上の空で答える。


 「少し脅してみましょうか」


 私は幻影で自軍の上に巨大な恐ろし気な化物の顔を幻影で出す。子供だましみたいなものだが、少しでも効果があれば良い。



「ま、魔王だ。魔王軍が出た」


 ドラゴンを手下にし、アンデッドを操り攻撃してくる軍は、中央軍にとって悪夢の様なものだった。それに加え恐ろしげな顔が現れたのである。半狂乱になるものが出ても仕方が無い事だろう。武器を捨て逃げ出そうとする者が現れるが、密集体形故にそう簡単には逃げ出せない。それがまた陣形を乱していく。


「ええい。あんなものはまやかしだ!うろたえるな!」


 総指揮官が怒声を上げるも混乱は収まらない。


「いやはや、こんなにあっさりと崩れるとは、本当に魔王の様な方だ」


 副官が自軍の崩れる様子を見て、他人事のように呟く。たまたまそれは総指揮官に聞こえた。


「お前は何を言っている?」


 副官はいつの間にか頭に見慣れない赤いバンダナを撒いており、同じく赤いバンダナを撒いている男たちに囲まれていた。


「おや?そんなに大きな声で言ったつもりはなかったんですが……まあ、運が良かったらまたお会いしましょう」


 そう言って副官は馬を走らせそこから逃げると、角笛を周りの男たちと一緒に聞いた事の無いテンポで吹く。そうするといつの間にか副官と同じく、頭に赤いバンダナを撒いた後方集団が一糸乱れぬ歩調で、前方を攻撃し始める。その数は約3万。ファランクスの陣形は前方には無類の強さを発揮するが。それ以外には弱い。ましてや後方からの攻撃である。まだ陣形を保っていた中央付近の兵は、なすすべもなくやられていく。



「内通に、背面からの奇襲。これもセオリー通りよね」


「セオリー通りですか……」


 どこか呆れた声でキザラートが言う。私は少し考えてもう一つ思いだした。


「ベシマバルの兵5万に、内通者3万、ドラゴンは数は少ないけどまあ1万ぐらいの兵力の効果は有ったとして、9万対7万。数的優位も確立。あ、まだウィステリア軍本軍は動いてませんでしたわね。14万対7万。これは数的優位を確立したと考えても良いんじゃないでしょうか?」


 私はすべて基本通りにできたので、ちょっと弾んだ声でキザラートに尋ねる。


「そりゃまあ、そうですがね……」


「もしかして基本戦術の総集例として、騎士団の戦術教本に載るかもしれませんね」


「まあ載るのは載るでしょうなあ。ただ、とるべき戦術例としては載らない気がしますがね……私は今、つくづく貴方について良かったと思っていますよ」


 キザラートはこちらの勝利が近いというのに、浮足立つどころか、どことなく冷めた目をしていた。自分がちょっと浮かれているのを感じるので、冷静な者が居るのは良い事だ。


「では、最後まで基本通りに行きましょう。では」


 私は一呼吸置き、息を思いっきり吸って精一杯の声で叫ぶ


「全軍、前方の敵を蹂躙せよ!」



 戦いはウィステリア軍の大勝で呆気無く終結した。

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