第104話 女王、総指揮官になる

 東部のある貴族の館に民衆が押し寄せていた。人々は鎌や鍬、はたまたただの棒を武器としていた。武器が武器だけにまだ、館の中まで侵入されてはいないが、時間の問題の様だった。


「ええい。貴様達は何をしている!あんな暴徒共など、見せしめに2、3人切り殺せば静まるだろう」


 自分の部屋に傭兵隊の隊長を呼びつけ、貴族は怒鳴りつける。


「はあ、まあ、我々は傭兵ですよ。給料をもらわない事には働けない訳でして。民衆を一応押さえているのは、これまでの閣下に対するサービスってもんですよ。それ以上を求めるのなら、給与を支払っていただくか、配下の兵士にでも命じてくだせえ」


 配下の兵士は、度重なる戦闘でとうに死に絶えていた。


「ええい。金の亡者どもめ。少し金を払うのが遅くなっただけでグダグダと。金ならあの強欲なウィステリアの小娘に、ちょっと頭を下げればすぐに用意できるわ!さっさと殺せ!」


 隊長はそれを聞き軽く片方の眉をあげて溜息をつくと、剣を抜き貴族の腹に突き刺した。


「あぐ、なにを……」


 貴族は目を見開き、自分の腹に深々と突き刺さった剣を見る。


「残念ながら閣下。もうあんたには担保になるものは何も残ってないんでさあ。未払いの給料は閣下の命をもってチャラってことにしましょう。さて、ご命令通り殺して差し上げまさあ。あんたをね」


「この、金の……亡者どもめ……」


 そこまで言ったところで、貴族は隊長に首を刎ねられて死んだ。


「さてと。この首を見せて民衆を宥めてくれ。そして白旗をあげて、ウィステリア王国軍に降伏するんだ」


 隊長は無造作に貴族の首をつかみ、部屋の外に控えていた副官に放り投げる。


「全く、木っ端貴族のくせに、一人前にプライドだけは持ってやがる」


「女王陛下からは、一応降伏勧告を行うように言われてませんでしたっけ?」


「ん?ああ、そんなもの女王陛下を小娘呼ばわりしたんだ、不敬罪で良いだろう」


 面倒くさそうに隊長が言う。


「ま、どの道降伏しても民衆から嬲り殺しにされてたとは思いますがね。我らが女王陛下は寛大ですが、決まり事には厳しいお方です。一応降伏勧告はしたことにしておきましょう」


「あのお方も難儀なお人だねぇ。おっと、これ以上は不敬罪になるかな。じゃあ、そういうことにしとくか」


 こうしてこの貴族の領は戦わずしてウィステリア王国軍東部方面軍。つまりトゥリアの率いる軍に征服された。この様な事は東部の各地だけでなく北部、西部の各地でも起きた。各方面軍は殆ど戦闘をすることもなく、傭兵たちを吸収して、最終的には2万の大軍となって中央に侵攻していった。

 中央軍は各地方の貴族と連合して戦う準備をしていた。以前の情報では貴族と反乱軍は共に1万ずつの人数で勢力は拮抗しているとの事だった。そこで、貴族連合の中核となるべく2千の兵士を配備していたが、現れたのは2万の敵の兵だけだった。中央軍は数の暴力の前になすすべもなくやられていった。


 王都の南部にある平原には各地からかき集められた10万の兵士と、セシリア率いるウィステリア王国5万が平原で対峙していた。暗い大地を細い三日月と星そして地平線上に見える王都光りがわずかに照らしている。

 本来ならもっと南で迎撃したかったのだが、中央軍にはもはや、大軍を遠方へ送るだけの兵站に余裕がなく、少数の兵では各個撃破されるにすぎない。選択の余地はなかった。


「ふん。我らに対して僅か半分の手勢で立ち向かおうとは無謀な奴らよ。ひとひねりにしてくれる」


 そう息巻いているのは中央軍の総指揮官である。2mを超える身長、更に150㎏を超えると思われる体格。筋骨隆々たる身体を惜しみなくさらすその姿は、正に中央軍の総指揮官に相応しい姿だった。

 だが言葉と裏腹に総指揮官には僅かな焦りもあった。早々にウィステリア軍を破らなければ、王都には食料の備蓄が無いのである。王都は食料の消費地であって生産地ではない。時間が経てば、食料を補給するどころか、暴動が起き自分達の備蓄食糧が奪われかねない。

 だが敵は戦を知らぬこちらの半分の軍勢。更にこの平原は元々こちらの領土。変な小細工などできようはずもない。一戦すれば勝てる。総指揮官はそう考えていた。


 対するウィステリア軍の総指揮官は、白銀の美しい鎧に身を固めたセシリアだ。戦乙女の鎧。防具としての性能もなかなかのものだが、特筆すべきは同行者のリングを持たなくても、配下の部隊の、士気、攻撃力、防御力を”魅力”%も上げる事ができる事だ。通常なら直接戦闘にあまり関係のない魅力は、高くても20が良い所だろう。だが私が着て総指揮官になれば凶悪な性能を発揮する。そもそもダークムーンではこんな大規模な戦闘は考えられていなかった。なのである意味バグである。

 ウィステリア軍の中核となるのはやはりロールアンクル戦を戦った兵士たちである。但し戦闘メイド隊たちは本陣の近くにいる。レベル的にも経験的にも中央軍には負けていない。士気は高いが、数の劣勢というのはどうしても重くのしかかる。


「陛下。想定した最悪の状況です。奴らは後先考えず意地で戦力をかき集めたようです。いざという時はジフロネットを付けます。殿は私にお任せください」


 そう小声で話しかけるのは、セシリアの横にいるキザラートだ。


「あら、貴方が弱気になるなんて初めて見たんじゃないかしら。でも、確かに数は力だものね」


 そう言ったセシリアは悲観した様子などなかった。


 そして、中央軍の突撃の合図の角笛が鳴り響く。対するウィステリア軍は防御に徹する構えだ。時間を稼げば相手の食糧は尽きるのである。ここにフェーゼノン王国建国以来最大の戦いが始まった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る