第83話 女公爵、南部の覇者になる

 日が経つにつれ執務室に欠けられた地図に×印が増えていく。ある時は内通した住民や兵士を使って反乱を起こし、ある時は流通網を遮断し、ある時は単純に武力で脅し、ある時は金をちらつかせ……武力はともかく、王家ですら無暗に手を出せない、半独立国家の力を持つ我が公爵家に、南部で逆らって無事に済む領などない。今までは影響は小さいとして、放っておかれたにすぎない。

 フェーゼノン王国を5つの地区に分けて人口をみると、北部約100万、東部と西部約125万、中央300万、南部350万となる。南部の350万の内公爵家単独で約200万と過半数の人口を誇る。詳しくはまだ調べていないが、人口だけならここ数年の乳幼児死亡率の低さ、及び餓死者、病死者の少なさで更に差が開いたはずだ。それに事実上の配下に近い、分家や寄り子を合わせると約300万とほぼ王家と同じ人口を持つ。そんな南部でなんの後ろ盾もなく、我がウィステリア公爵家に逆らって勝てるわけが無いのである。だが、他の地を担当するホムンクルス達に潤沢な資金や物資を供給するためには、万全を期す必要がある。たった4万程度の人口しかない伯爵家を潰したのもそのためだ。

 そして年を越すまでには南部地域は全て公爵家の支配下に入ることになった。私は地図を見てふうっと息を吐く。


「何とか安心して年を越せそう。それにしても疲れたわ。来年からはもっとゆっくりしたいわね」


 何とか乗り切ったものの予定外の対応を迫られ、疲労値がレッドゾーンに踏み込んだことも1度や2度ではなかった。つまり危うく死にかけたのである。穏やかな人生を送るために、フェーゼノン王国征服計画を始めたのに、そのせいで死ぬなんて本末転倒である。


「それは何よりなんじゃが、なんで副魔術師団長のわらわが、女公爵閣下の執務室で政務をしているのですかのう」


 私は地図から目を離し振り向く。そこには机に書類の束が積まれた机に座っているロジーレがいた。


「あら。ロジーレ様はこういう事もおできになるのでしょう?」


「それはできるかできないかで言ったら、できるのには間違いないですがのう」


「それなら良いのではありませんか。実際今迄問題は起きてませんもの」


「あのー。私がここにいる理由もそうでしょうか?」


 ロジーレの机の横には、同じく書類の束が積まれた机に座っているヨデルナがいた。


「あら。副魔術師団長が政務の補助をやっているのに、騎士団から誰も呼ばないのは不公平でしょう。私は騎士団と魔術師団との間に溝を作りたくは無いのですよ。両団とも団長がいれば、有事でない限り大丈夫でしょう?」


「はあ。こんな事で溝はできないと思いますし、キザラート団長は副団長もいませんので涙目でしたけどね」


「それを言うなら、ルージェス団長も溜息をついておったわい」


「まあ、お二人とも気が合うんですね。やはり、一緒に冒険したことが絆を深めたんでしょうか」


 私は花がほころぶような笑顔で言う。


「そういう訳ではないと思うのですが……しかし、私が言うのも何ですが、かなりの機密事項まで渡されてませんか?私は参謀長とはいえ平民出ですよ」


 騎士団は実力主義を謳っているが、それが建前であることは誰でも知っている。貴族出身のもの以外が入隊を許可されること自体が少なく、ましてや出世をすることは殆どない。その数少ない例外が彼女だ。


「平民出身で参謀長になられたということは、純粋に実力を買われたという事でしょう?私も買っているんですよ」


「いえ、そういう事ではなくてですね……」


「大丈夫です。分かっていますよ。任務が終わったら消すという事は有りません。ヨデルナ参謀長のような人材は貴重ですもの」


 ヨデルナの顔にほっとした安心感が浮かぶ。人材は人財だ。時には同じ重さの金よりも価値がある。バモガンの悪政の影響はまだ残っていて、信用が置けて尚且つ有能な人材というのがまだ揃っていない。ヨデルナのような人材は殺すどころか、墓穴から掘り出して生き返らせたいぐらいだ。


「それは何よりですがのう。わらわ達は何時までここで政務をせねばならないのですかのう?」


「そうですね。家令が頑張っているおかげで、あと2ヶ月、遅くとも3ケ月後にはお2人を解放できると思いますよ」


 今度はロジーレにほっとした表情が浮かぶ。自分で言うのも何だが、私の事務処理能力は前世の高等教育と社会経験も相まって、この世界の基準からしたら格段に高い。それは勿論ホムンクルス達にも言える。ホムンクルス達が手伝っていた部分を他の人間で補うにはそれなりの人数が必要なのだ。だが、ロジーレ達を補佐に入れ、家令以下数人を部下の教育に専念させたおかげで、大体の目途は付いた。

 ロジーレは生きてきた年月による経験、ヨデルナは平民出身というハンデを覆すほどの優秀さによって、これまで随分私を助けてくれた。出来ればこのまま手伝ってもらいたいものだが、本人達にその気がない以上仕方がない。彼女たちは彼女たちの本来の地位で頑張ってもらうことにしよう。


「はあ。しかし私達が討伐するまでもなく、ユエナ平原の雷竜デニュゼストと話がついていた、というか閣下の支配下にあったとは、私達もとんだ道化を演じさせられたものですね。いやまあ、もちろんそれを恨んでるわけでは無いですけど……」


 一つの書類を見てヨデルナが溜息を吐きながら呟く。その書類は恐らくユエナ平原に関する物だろう。そんな極秘事項も彼女たちに処理させている。


「分かっているとは思いますけど、この部屋以外でその事は話さないでくださいね。そうでないと困った事になってしまいますわ」


 政務の補佐役が出来る参謀長がいなくなるなど、私にとって大変な痛手だ。私はそれを想像し、ちょっと困った顔をしてコテリと首をかしげる。

 ヨデルナはブルっと一回震えると、目の前の書類の処理に取り掛かった。


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