第82話 女公爵、策士になる

 ウィステリア公爵家は大貴族だ。それ故多くの分家がある。その殆どは陪臣となりウィステリアとは別の姓を名乗っているのだが、ウィステリア本家の血が途絶えた時に、若しくは一族の中から養子をもらうことなく当主が亡くなった時に、公爵家の家督を継ぐことを許された家もある。それらの家はウィステリアの名を名乗っている。時代によって多少増減があるが、今あるのは2つの侯爵家と3つの伯爵家だ。

 ウィステリア家は貴族としては清貧を旨とする家柄である。それは公爵家だけでなくウィステリアの名を名乗る他の家にも受け継がれてきた。だが、残念ながらすべての人間がそれを良しとしていたわけではない。なかにはしぶしぶそうしていた人物もいる。そうした人間は機会があれば箍が外れるものだ。グマオル・ジル・ウィステリアもそういう人物だった。前伯爵が急逝したため、若くして伯爵の地位を継いだ野心家だ。

 グオマルは城内に次々に入ってくる傭兵を満足げに見つめている。


「大分集まったな。おい、今どのぐらいの人数が揃った」


 グオマルは側にいる家令に尋ねる。


「約2000名ほどかと。我が領の兵士と合わせれば約3000名になります」


「ふむ。それだけそろえば大丈夫か」


 グオマルの目的はウィステリア公爵領を切り取る事だった。その為傭兵を集めているのだ。ただ人口約4万の伯爵領にとって2000名の傭兵を雇うなど本来は不可能に近い。それを可能にしたのが、最近行われた穀物の高価買取だ。ウィステリア公爵家に課せられた税を2倍にするという王家の命令に対応するためだと言う事だった。そしてその税は公爵家に与する貴族にも掛けられる。公爵家から指導された農業方法によって、伯爵家でも今年の収穫は上がっているのだが、前年度の2倍というのは痛い。一応公爵家からは自分の派閥の崩壊を防ぐため、派閥内の税の増額分は公爵家が引き受ける旨の通達が来ているが、グオマルは公爵家の派閥から離れる決心をしていた。ただ公爵家には留まる旨の返事をし、税の増額分は負担はさせている。

 グオマルは就任式早々に王家の謀略を許し、義父と夫を失い、義父の死体を見ては気絶し、王家の言いなりに税を払い、更に王家を恐れて盟友であるはずのギルフォード男爵に援軍も出さない。それに加え家臣に愛想をつかされ離反されるや、ショックで臥せってしまう。そんな人物が公爵に相応しいとは思えなかった。

 寧ろ、そんな女公爵を利用し、更に反旗を翻す自分こそが公爵になるのにふさわしいとさえ思う。ただ流石にグオマルも3000名の兵士で公爵家を制圧できるとは考えていない。だが自分が口火を切れば後に続く者は居るはずである。

 公爵家の今の総兵力は2万を超えるが、それは広大な公爵領に散らばっている。縁故であるこの伯爵領の近くに駐留する兵士は、モンスターや盗賊退治のためのごくわずかな数しかいない。そもそもその中心である騎士団から離反者を出すほどである。兵士全員が女公爵の命令を聞くとも思えなかった。うまくいけばかなりの領土を奪えるはずだ。自分はまだ若い、後はじわじわ奪っていけばいい。いっその事圧力をかけ、今の妻と別れて婿入りするか、家督を譲らせても良い。

 そんな考えに耽っていると家令から声が掛けられる。


「伯爵様。総隊長がご相談したい事が有るそうです」


 グオマルはこれから総攻撃の激を飛ばそうという時期になんだ、とは思いながらも聞かないわけにはいかず、部屋に通すように伝える。


「なんのようだ?」


 グオマルは少し不機嫌に部屋に入ってきた総隊長に尋ねる。総隊長は敬礼すると話し始める。


「はっ。支給された食料が少なくなってきました。次の食糧の配布を頂きたいと思いまして。家令殿に聞いたところ伯爵様に直接聞いてくれとの事でしたので」


 それを聞いたグオマルは完全に不機嫌になる。


「食料の配布は十分にあったはずだ!何をやっている。まさか横流しをしている訳ではあるまいな」


 グオマルは総隊長に詰め寄る。


「め、滅相もございません。その、言いにくい事ですが、支給された分には傭兵たちの分は含まれていなかったのではないでしょうか……」


「傭兵たちの分だと!あいつらは食料も持参せずに来たのか!」


 それはそうだろう。1週間程度の保存食ならいざ知らず、傭兵が食料持参など聞いた事が無い。この口ぶりからすると、これから行軍する時の食料も無いのではないか、と総隊長は思うも言葉を選び答える。


「元々が食い詰め者で卑しい者ばかりです。戦闘以外余り期待なさらない方がよろしいかと思います」


「うーむ」


 総隊長の言い分は分かるが、余剰の食糧は無い。そもそもそれを売った金で傭兵を集めたのだ。


「ええい。仕方がない。領内の農民から臨時徴収せよ」


「えっ。臨時徴収はついこの間したばかりでは。余剰食糧が残っているとは思えませんが……」


「種もみを徴収すればよかろう。なに、この作戦が成功すれば幾らでも食料は手に入る。公爵家領内での略奪も許す」


 グオマルは非情な命令を下す。失敗したらどうするんだ、という問いかけは総隊長にはできず、仕方なしに命令を実行する。せめて無秩序な略奪にならないように、傭兵は使わず兵士たちだけで。



「伯爵様!伯爵様!」


 夜中にドンドンと寝室のドアを叩く音と、家令の声が聞こえる。


「一体何事だ!」


 グオマルは目をこすりながらなんとか起き上がる。


「内乱でございます。既に城門は破られ、すぐに反乱兵がここに来るものと思われます」


「なんだと!兵士たちはどうしている!」


「それが、反乱を主導しているのがその兵士だと思われます」


 グオマルの兵士は代々兵士だったものの割合は少ない。元は農民の5男や6男だったものを訓練したものだ。そうでなくては農業改革前の約4万の領地で1000人は揃えられない。いうなれば兵士も元食い詰めものだったわけである。恨みが有った者はともかく、普通の者は家族や親しかった者から、略奪に近いことはできない。


「ええい。では、傭兵はどうしているのだ!金を払った分働かせろ!」


「も、申し上げにくいのですが、傭兵は形勢悪しとみて、反乱軍に加わったものと思われます」


「あの、下賤の者達めが!」


 グオマルは怒りに任せて枕を投げつける。何かにあたったのか、ガシャンという音がする。


 そうこうしているうちに、ドタドタと大勢の足音が聞こえ、ドアが乱暴に蹴破られる。その向こうには傭兵と思われる人物たちと、自領の兵士がいた。


「無礼者め!私がグオマル・ジル・ウィステリア伯爵と知っての狼藉か!」


 グオマルが怒鳴ると、集団の中から1人の男が前に出る。


「ああ。よかったぜ。ちゃんと確認が出来て。無関係の者はなるべく殺したくないからな」


 そう言って男はグオマルの前まできて剣を振りかぶる。


「なにを……」


 それ以上話すことなく、グオマルの首は胴から離れた。



 トントンと執務室のドアをノックする音がする。


「どうぞ」


 私はそう答える。


「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、ヨデルナ参謀長だった。


「昨晩、知らせが入りました。配下の者がグオマル・ジル・ウィステリア伯爵を討ち取ったとの事です。もちろん反乱軍として行動しています」


「それは重畳」


 私は壁に貼ってある地図に完了を示す×印をいれる。


「南部の傭兵が殆どが、私の支配下にあるのが未だに分からないなんて、とんだ愚か者ね」


 南部ではウィステリア公爵家の影響力が強く、戦乱は殆どなかった。ではまともな傭兵団はどうしていたか。基本的には商隊の護衛が主な収入源だった。そして、その商隊の殆どは私の傘下にある。そして私は増える商隊に合わせて護衛の傭兵も増やしていった。増やした傭兵は私が助け、訓練した者達がメインだ。アナトリ商会傘下の別商会の傭兵部門として運営している。

 私はグオマルから穀物を買い、グオマルは傭兵にお金を払い、その売り上げは、アナトリ商会傘下の傭兵部門を通じて私に還元される。お金がぐるぐる回ると、邪魔者が消える素晴らしいシステムだ。


「無能なだけなら別にいいけど、無能な働き者はいらないわ」


 私はそう呟いた。


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