第81話 女公爵、科学者になる
私とエナは領都ユリエナスから何台も連なって出て行く馬車を城のバルコニーから見ていた。王都アオリアネへと税である穀物を運ぶ馬車だ。
「なかなか壮観ね」
エナが私に話しかける。エナは輸送隊が王領に入る前に合流する予定だ。私と同じく転移できるのでわざわざ長旅をする必要は無い。
「例年の2倍だからね。私は馬車よりそれを見ている民の姿でこの5年間の変化を感じるわ」
5年前、税を運ぶ馬車を見る民も目は、自分達の食べ物を奪われた恨み、それを食べることのできるものへの妬み、それを食べたいという渇望が殆どだった。今はただ単に好奇の目で見ているか、無関心のどちらかがほとんどだ。食べたければお金を出して買えば良いし、お金は働けば手に入る。未だ人手不足は続いていて、働く気があるなら働く場所にも困らない。私はその変化を誇らしく思う。
「じゃあ、エナには例のネックレスを渡すわね」
私はバルコニーから踵を返し、別邸の地下室に向かう。そこの一室に分厚い鉛の板で作られた箱があった。その中に入っているのはネックレスだ。もちろんただのネックレスではない。領内からコバルトが産出されたので、それをネックレスに加工したのだ。そのままだと単なる珍しい素材だが、その放射性同位体を、中性子を当てて作り出した。ネックレスの素材はそれである。放射性同位体の濃度は、目で見ると妖艶でなんともいえない青い光が見える程だ。
私やエナは知識があり、害は防げるが、そうでない一般人は持たせたくない。コバルトだけでなくこの世界では希少金属や宝石は魔法で作ることが出来ない。貨幣価値が崩壊するのでゲームシステムとしては当たり前なのだが、鉄の剣どころかある程度の魔法の剣でも簡単に作れるのに、何だか変な感じだ。ちなみに拳銃は簡単に作れた。魔法で作れるかどうかは希少素材が必要かどうかが基準らしい。
「本当に作ったんだ……どれぐらい影響があるのかしら?」
エナが半分呆れたように言う。
「それが分からないのよね。実験できそうなバモガンももういないし。まあ、スプラッターだけでなくグロも苦手だからあんまり実験する気も無いんだけど。罪人で人体実験をするのはちょっと人道に反すると思うし……国王にプレゼントするにはこの妖艶に青く光るように見える金属のネックレスは良いと思うのよね。なかなかない品物だし、遠くで結果だ結果だけ聞く分には問題ないしね」
私はスプラッターだけでなくグロテスクなものも苦手だ。それが好きという人は、本当に好きなのではなくそれがもたらす恐怖が好きなんだと思う。お化け屋敷が好きかどうかとかそういうレベルだ。本当に何にも感じないのなら、面白くもなんとも無いだろう。さらに付け加えると、私は虫も苦手だ。もちろん全部という訳ではないが、ゴキブリやウジ、虫ではないがムカデなどがいきなり目の前に現れたら今でも悲鳴をあげるだろう。
この世界に転生して結構耐性は付いたが、それでも限度があるものだ。
ちなみにバモガンの死体が入った箱にはずべてがあった、ぐちゃぐちゃの肉、苦痛に満ちた表情の生首、箱の中一面の血に、肉の中で蠢くウジやゴキブリ……思いだしただけで気分が悪くなる。
なぜこんな話が出るのかというと、このコバルトから出る放射線は、普通の人間だったら新規の細胞を作る細胞を壊すからだ。具体的に言うと、現在の細胞が死ぬにつれ、身体が壊れていく。それはとってもグロテスクに……それを知っていても尚国王に貢物として送れるのだから、人の心は不思議なものだ。
コバルト自体の毒性は鉛と同じようなものだ。寧ろ元素自体はビタミンB12の中心にあるもので、必須元素のひとつである。放射能は魔法の光でもないし、呪いの類でもない。さらに言えば常時身につけておく必要もない。仮に国王の身体が蝕まれたとしても、このネックレスに行きつく可能性は低い。ついでに見せびらかしてくれれば、王族側に被害が広がる可能性がある。実にローリスクハイリターンな、今の国王にピッタリな贈り物だ。もちろん魔法で治せる可能性は大きいが、中央の貴族たちはは病気で治療を受けるなど恥という考えなので、権威は落ちるだろう。
もう一つの贈り物の案として、劣化ウランの刀身に同じように放射性同位体を多く含ませる案も考えたのだが、ウランが見つからず、また劣化ウランが頑丈で重いものなので、下手すると強力な武器になりかねないので諦めた。
「はあ、分かったわ。せいぜいさも貴重な品物であるように国王に捧げるとするわ」
「よろしくね。これはあなた達にしか頼めない事だから。本当に頼りになるわ」
唯一の心配は巨大化してゴ〇ラのような怪獣になってしまわないかどうかだけど、そのあたりはエナに任せておけば未然に防いでくれるだろう。
税と国王への貢物の作業を終えた私は、次は南部にあり、我がウィストリア公爵家に反旗を翻した家に対する攻略に乗り出した。
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