第46話 前門の虎後門の狼
キザラート達は何度かモンスターに襲われ、また時には身を隠しながら何とかユエナ平原を見渡すことが出来る丘へとたどり着く。眼下に広がるのは、まだ春になったばかりだというのに青々とした草木、豊かな水、所狭しと走り回る大小の動物達、見たこともない豊かな自然だった。空を見上げれば何匹ものワイバーンが空を飛んでいる。それだけではない、他ではまず見ることのできない光景。ドラゴンが複数で空を飛んでいる。
「いやー、ここまでたどり着くにも苦労したが、この平原をつきって雷竜デニュゼストを倒すなんて、命が2、3個あっても足りそうにねえなあ」
キザラートが今から死地に赴くとは思えない、明るい緊張感のない声で第一声を上げる。
「流石に団長も現実を見ることが出来るようになりましたか。仮に雷竜を倒したところで、逃げ切るには更に危険でしょう。ましてや、幾ら豊かとは言えこんなところに入植するなんて、モンスターの餌になりに行くようなものですね」
ヨデルナが溜息をつくように言う。
「おや?うちの参謀長は公爵代行の言う事を信じていたのかな?」
「そんなわけないでしょう。ウィステリア公爵ではなく、何の血のつながりもない公爵代行の命令で命を落とすわが身の不幸を新たにしただけですよ」
キザラートに返答するヨデルナも、死地に赴くような緊張感はない。既にあきらめの境地に達しているようだ。公爵代行は何の血のつながりもないとはいえ、現在はれっきとしたウィステリア公爵家の長。騎士の誓いを立てた自分に命令を破るという選択肢はない。他の貴族の騎士まがいとは違うのだ。それはヨデルナだけでなく、他の者にとっても誇りだった。
「それにしても、ロジーレ様はどうして私達に付いてこられたのですか。騎士の誓いはたてていらっしゃらないのでしょう?」
「あー、俺もそれは思った。今からでも帰って身を隠せば良いんじゃねぇか。ここには誰も逃げたなんて告げ口するような奴はいねえよ。ま、いなくなるといった方が良いかもな。ははっ」
ヨデルナは純粋に不思議そうに、キザラートは乾いた笑いを上げながらロジーレに聞く。
「わらわは確かに騎士の誓いはたてておらぬが、ウィステリア公爵家には一族を匿ってもらっている恩がある。わらわの命の一つや二つでは返しきれぬ恩じゃ。騎士団に入った以上おぬしたちと同じく、今更自分の命惜しさに逃げようとは思わん。ただ本来、公爵家とは縁もゆかりもない公爵代行の命令というのが気に食わんがのう。こんな事になろうとは予想しておらんかったわい」
エルフは今でもウィステリア公爵領にいる。公爵家直系のもの以外、近寄ることも許されていない森の奥深くにエルフの里はあった。
「しかし、ロジーレ様でしたら、あの公爵代行を殺すことも可能だったんじゃないですかね?」
今度は副騎士団長であるジフロネットが聞く。ここにいる誰もが思っても、口に出さなかった物騒な手段だ。何時もは団長の軽口を抑える役のジフロネットも、領都を遠く離れ気が緩んでるらしい。
「あ奴はああ見えて、戦闘に関してはわらわより強い。1対1でもそうなのに、親衛隊を引き連れほとんど一人になることがない。せめてクリステル様がご健在の時なら、チャンスは有ったかもしれんがのう。一か八かの賭けで里を危険にはさらせぬよ」
ロジーレは少し後悔の念が入った様子で答える。
「公爵代行はロジーレ様より強力なのですか……」
今まで黙っていたルージェス魔術師団長が呟く。ロジーレが本気を出せば、ここにいるロジーレ以外の5人が束になっても勝つのは難しいにもかかわらずである。
「仕方なかろう。元々エルフは戦闘が得意ではないのでな。長く生きて経験を積んだといっても、戦闘にその経験は振り分けられておるわけではないからのう」
もし長生きなエルフが戦闘が得意なら、人間に絶滅寸前まで追い込まれる事は無かっただろう。
そんな話をしながら一行は丘を下りてゆく。キザラートがふといやな予感を感じて空を見上げると、数多くいたワイバーンがいつの間にか自分達の周りから居なくなり、代わりに3体のドラゴンがまるで自分達を見張るように上空を舞っている。
「なあ、ロジーレ殿。透明化はまだ効果は切れてないんだよな。俺達の上に居るドラゴンは俺達に気付いているように見えるんだが……」
キザラートが何時もの軽口口調ではなく、緊張を含んだ声で聞く。
「気付いているようじゃな……」
同じくロジーレも緊張した声で応える。透明化は基本的には自分よりレベルの高いものしか破れない。匂いで敵を追う犬系のモンスターや空気の振動を感知する昆虫系のモンスターなら効果は薄いが、上空にいるドラゴンはそのどちらにも当てはまっているようには見えなかった。
更にドラゴンは基本的に身体が大きい程年齢を重ね、強くなる。上空のドラゴンの大きさはほぼおなじ。つまりはロジーレよりレベルの高いドラゴンが3体いるのである。
「俺の見間違いだと良いんですがね。正面から近付いて来る奴もドラゴンじゃないですかね?」
ジフロネットが僅かに震えた声で言う。確かに青い空に小さな点が3つ見える。そしてそれは見る見るうちに大きくなり、何かが羽ばたいているのが分かるようになる。
「最悪だ……」
キザラートが呟く。それは誰もが思っている事だった。
「こちらへ、隠れることの出来る洞窟が有ります」
周囲を魔法で探っていた、レルニートが叫び、馬を走らせ先導する。洞窟に隠れるのはドラゴンに対して有効とは限らない。洞窟の形によってはドラゴンブレスの餌食になるからである。だが今回は魔法障壁を張れる魔術師が3人もいる。何より、ドラゴン6体に囲まれるよりましである。
一行はレルニートを先頭に洞窟に向かって馬を駆けさせる。上空にいたドラゴンも急降下を始め追いかけてくる。洞窟に一行が入った直後に、ドラゴンが洞窟の入口スレスレを横切る。間一髪だった。
「入口に魔法障壁を張れ!」
ロジーレの鋭い声が洞窟に響く。3人の魔術師が息を付く暇もなく、一斉に魔法障壁を張る。その直後だった、バリバリと大気を切り裂く音がし、魔法障壁が目も眩むように輝く。雷を纏うドラゴンブレスだ。それが魔法障壁にぶつかり光をはっしている。
その光が洞窟内を明るく照らす。そこに浮かび上がったのは鎌首をもたげた大きな9匹の蛇……いや、その胴体は一つにつながっている……大きさによってはドラゴンよりも危険とされるモンスター、ヒュドラであった。
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