第47話 公爵令嬢、ヒーローになる

(これはさすがに無理かねぇ……)


 キザラートは半分諦めた表情で剣を構える。目の前のヒュドラは自分達6人総出で戦えば、勝てない相手ではないだろう。せめて騎士団の者3人が自由に動ければ、勝ち目はあるかも知れない。だが、後にドラゴンブレスを防ぐため動けない3人を守りながら勝つのは不可能だ。かと言って、仮に後ろの魔術師が1人でもかけようものならドラゴンブレスの餌食である。詰んだと思っても仕方がない状況であった。


(ああ、そういえばお嬢様から貰たものが有ったな)


 ユエナ平原に向かう前の自分達に、公爵令嬢が現れ、無駄死にする命令に従うぐらいだったら、ご令嬢個人に忠誠を誓ってくれと頼まれたのだ。もちろんご令嬢を守るのはやぶさかではないが、個人に忠誠を誓うとなると話は別である。ご令嬢が正式に女公爵となれば、ほぼ個人に忠誠を誓ったのと同じになるが、残念ながら今はそうではない。

 ご令嬢は公爵代行によって、デビュタントしたというのに社交も制限され、半ば幽閉に近い生活を送っていると聞く。自分の自由にできる配下が欲しいのだろうが、その権力争いの駒になるつもりはなかった。

 とはいってもそうかたくなにしているからこそ、死地に送られたのだ。表面上は公爵家の為と言っても、実際は使えない駒として排除されたに等しい。


(騎士や何の言っても、所詮はただの人間、上の方の人間にとっては駒にすぎんのかねぇ)


 騎士団長は伯爵家の出身であり、貴族の一員だ。だが5男という、まず跡を継ぐことはありえない序列に生まれた。そのため、貴族の一員という感覚が薄い。どちらかというと平民の方に親近感を覚えるぐらいだ。


(危機に陥ったら中央の宝石を押し潰せか……)


 自分達が、ご令嬢に忠誠を誓う事を断った後に貰ったアミュレット。何かのマジックアイテムだろうが、この危機を脱せるほどの物とは思えなかった。

 ただ、キザラートは死を受け入れた時、ほんの少し好奇心が芽生えた。このマジックアイテムはどんな効果があるのだろうかと。どうせ死ぬのなら使ってみても悪くはない。使うだけなら騎士の誓いに反する事でもない。そう思いアミュレットの中央の宝石を押しつぶした。それは見かけより脆く、思ったより簡単に砕け散る。それは丁度ヒュドラが毒のブレスを吐いた瞬間だった。避けることは出来るが、避けたら後の魔術師たちにあたる。然し自分達が盾になったとしても、一回限りで次はない。それでも最後は人をかばって死にたかった。無駄としか思えないこの任務でも、少しでも意味のある死にしたかったのだ。

 だが、そのヒュドラのブレスは、アミュレットから広がった半透明の光りの膜のようなものによって防がれた。

 それだけでも驚きだが、なんと後ろのドラゴンブレスまで防いでいる。


「なんじゃ?」


 ロジーレが思わず叫ぶ。驚きはこれで終わりではなかった。いつの間にかセシリア公爵令嬢が自分達の中心に立っていた。


「随分とピンチに陥ってますのね。うーん、逆を言うとこれぐらいでないと、ピンチじゃなかったのかしら。それはそれで頼もしいですわね」


 令嬢は当たりを見渡すと、本当に状況が飲み込めているのか分からないような、緊張感が全くない声で独り言を言う。


「先ずはヒュドラから倒しましょうか。ドラゴンの方は少し其方にお任せして良いかしら。この防御結界は強力だけど、こちらからも攻撃できないの。なので消しますね」


 まるで、虫が居たので駆除します、と言うレベルの緊張感の無さだ。だが、令嬢は前に会った時とは違って、異様な程の強者のオーラと言うべきものを纏っている。


「う、うむ」


 この中で一番の年長者であるロジーレが、まだ成人もしていない少女に気圧されていた。結界が消えると、ヒュドラが攻撃をする間もなく幾つもの炎の矢が空中に出現し、ヒュドラめがけて飛んでいく。ファイヤーアローと呼ばれる種類の魔法だ。それとは別に威力を重視して一本だけ放つファイヤーランスというものもある。しかし、セシリア令嬢が放ったものは破城槌とも言うべき巨大な炎の矢だった。それもヒュドラの首の数と同じく9つもの数を一度に放ったのだ。それはヒュドラの首に命中し、突き刺さるのではなく、爆散し、その首をことごとく千切れさせる。即死だった。


「また、オーバーキルかしら?最大まで溜める必要はなかったかなぁ。まあ、生き残るより良いか」


 そう呟くと、セシリア令嬢は振り返り、スタスタと歩いていき、ロジーレ達魔術師の前に出る。そして前に手をかざすと、そこからドラゴンブレスよりも強力な雷を放つ。見たこともないような攻撃だった。

 ドラゴンの攻撃がやみ、洞窟の外を見ると、3体のドラゴンが身体から煙を出しながらよたよたと、飛び立とうとしている。洞窟はでこぼこが溶けて完全になくなり、出口まで円形の一直線の通路になっている。壁面は高熱のため、まだ岩が赤くなっており、煙を上げている。


「今度は少し威力が足りなかったかしら?結構高レベルのドラゴンみたいね」


 威力が足りない?結構高レベル?魔術師団が誇る3人の魔術師をもってしても防ぐのが精一杯の攻撃をはじき返し、複数のドラゴンにまとめて大ダメージを与える攻撃が?アミュレットを使ってから後、自分の常識が通じない出来事が立て続けに起き、キザラートは頭がおかしくなりそうだった。

 セシリア令嬢はまだ煙を上げている、高温の通路の中を平気で歩いて進み、飛び立とうとしている3体を庇っているドラゴンの前に立つ。そして、ドラゴンが攻撃をするより早く、今度は数えきれないほどの光の矢を作り出す。そして、それを解き放った。それはまるで地上から放たれる流星雨の様だった。それらの半分以上はドラゴンの生来備える魔法障壁とも言うべきものに弾かれたが、少なくない数がドラゴンに当たる。鱗に弾かれたものもあるが、そのまま貫いたものもあった。結果、一瞬のうちに庇っていた3体のドラゴンもボロボロになる。

 もうすでにドラゴンに戦意は無く、脱兎のごとくという表現が似合う程素早く逃げ出した。それを見てセシリア令嬢はゆっくりと手を挙げ、パチンと指を鳴らす。それだけで逃げ出してたうちの、最も体の大きいドラゴンの首が切断され、力を失った胴体と共に、地面に落下していく。後の5体はそれを見ると、更に必死に、正に命がけというスピードで逃げていく。


「うーん。後は射程外かな。まあ、死体が1体あればなんとかなるでしょ。どなたか収納魔法は使えますか?」


 セシリア嬢が振り向いてこちらに聞いてくる。


「う、うむ、わらわ……こほん、わたくしめが使えます」


 ロジーレも頭が混乱した様子で返答する。


「では、倒したドラゴンを雷竜デニュゼストとして報告しましょう。どうせ義父には本当かどうか確かめようが有りませんし、あなた方もこのまま進んでも無駄死にだという事が分かったのではないですか?」


 セシリア令嬢は可愛らしく微笑みながら問いかける。風になびく黄金の髪が太陽の光を受け輝き、まるでセシリア令嬢に後光がさしているようにみえる。キザラート達は頷く事しかできなかった。

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