第44話 不条理な命令

 ウィステリア公爵家の代々の居城であるシャートイア城の謁見の間に、数人の男女が集められていた。どの人物も騎士団あるいは魔術師団に属する服装をしており、更に身に着けている装飾品からか、その中でもかなり上位のものとわかる。

 集められたのは騎士団からは騎士団長、副騎士団長、参謀長、同じく魔術師団からは魔術師団長、副魔術師団長、魔術参謀長の6人だ。この公爵領の軍事のトップとも言うべき者達だ。これに並ぶのは領軍のトップクラスしかない。


「この6人が式典や会議以外で呼ばれるなんて、何事だと思いますかね?」


 雰囲気から騎士団長と思われる人物が、魔術師団長と思われる初老の男に声を掛ける。


「さて、幾つか考えられることは有るが、どれも悪い事しか思いつかんな」


 魔術師団長は長く伸ばした髭をなでながら言う。


「かぁー。天下に名だたるルーシェズ団長殿のお言葉とは思えませんな。悲観論者のヨデルナと同じ答えが返ってくるとは」


 そう言って、騎士団長は肩をすくめ少し大げさに首を振る。騎士団長は服の上からも鍛えられた身体というのが分かるが、顔には隠しきれないしわが刻まれており、いかにも老人という雰囲気を出しているルーシェズと、年齢はそう変わらないと思われる。


「団長が楽観的なだけです。ルーシェズ様と同じ考えと言う事は私の予想の確度が高いと言う事です」


 この場にいる2人の女性の内、騎士の格好をした者が答える。アメジストのような瞳に知性を感じさせる女性は、騎士団の参謀長だろう。年齢は30代前半といったところか。団長の仕草に呆れた顔をしている。


「ふむ、キザラート団長殿よ、うちの団長は悲観論者ではないが、現実論者でな。わらわも同じ考えじゃ。というよりこの状況で楽観的な考えをするのは現実逃避であろうよ」


 まるで老婆のような話し方をする女性は、外見は20代前半でこの6人の中で一番若く見える。


「お婆までそんな事を言うとは。公爵代行殿と面会する前から心が沈みますなあ」


 キザラートは今度は大袈裟に肩を落とす。


「お婆とか言うでない!ロジーレか副魔術師団長と呼べ」


 ロジーレ副魔術師団長は、歳も役職も上のキザラートに対して、まるで子供に言い聞かせるように言う。本当の年齢は何歳なのか、少なくともこの6人の中では一番上だろう。


「まあまあ、ここで体力を使ったら面会時に体力が持ちませんよ。ねえ、レルニート様」


 仲裁に入った男は、ギルフォード男爵令嬢失踪の調査責任者だった男。つまりは副騎士団長だ。


「ええ、ジフロネット様の言うとおりです。ロジーレ様も怒ると血圧が上がりますよ」


 魔術師団側のモノクルを掛けた壮年の男が同意する。魔術師団の参謀長だ。


「レルニート!おぬしまでわらわを年寄り扱いするか!うら若き乙女に向かって!」


「いや、言う事に事欠いてうら若きは無いでしょう……」


「団長も煽らないで下さい」


 騒がしくなり始めた為、ヨデルナも止めに入る。とはいいつつも先ほどまでの暗い雰囲気が取り払われようとしたところ、急に6人が緊張した顔をする。そうするとすぐに親衛隊を引き連れたバモガンがやってきて、一段高くなったところに据えてある、玉座と比べても引けをとらない椅子に座る。それと同時に先ほどの喧騒が嘘のように、6人は静かに跪く。それを見てバモガンは満足そうに一度頷く。


「ふむ。おぬしらに集まってもらったのは他でもない。おぬしらにしかできない任務をやって貰う為だ。知っての通りこの領には今、貧困、飢餓、疫病が蔓延している。ウィステリア公爵家が始まって以来の危機と言えるだろう。そこでだ、この事態を打開する為に、おぬしらに、東部にあるユエナ平原にいる雷竜デニュゼストを討伐して欲しいのだ。知っての通り、大軍で動けば周囲にいる他の竜やモンスターを呼び寄せる。然し少数精鋭で周辺の支配者であるデニュゼストを倒せばモンスターも統率を失い霧散しよう。あの地は多数の竜が生息するだけあり豊かだ。あの地に入植できれば食糧事情も解決するだろう。また、倒した竜の素材は疫病の特効薬ともなる。引き受けてくれるな」


 バモガンは優しげな声で言う。頼みごとをしているような言い方だが、その実命令である。拒否はできない。だがせめてもの抵抗にルージェスが口を開く。


「閣下。騎士団、魔術師団両方の団長のみならず、副団長、参謀長までいなくなるなどという事態になれば、部隊の統制が取れません。命令はお引き受けしますが、せめて、両団に誰か1名ずつはお残しください」


 両団の№1〜№3までが一度にいなくなるのである。戦時中でもそんなことはあり得ない。もしあり得るとしたら、全滅に近い被害を受けて壊走した時だけだろう。


「ふむ。ルージェス魔術師団長の心配はもっともである。だが、おぬしらが不在の間は、我が親衛隊の中から最も優秀な者が代わりに任にあたる。もちろん仮の人事故、おぬしらが帰ってきたら元に戻そう」


 バモガンは口調はそのままながら、顔がにやけるのを隠せないでいる。6人が帰ってこないのを確信しているのだ。ユエナ平原にいる雷竜を倒せば、豊かな地、貴重な素材が手に入るのは事実だ。だが、そうでありながらなぜ今まで放置されてきたか。それは雷竜デニュゼストが強力なモンスターというのもあるが、ユエナ平原は竜の巣ともいう程竜が密集しているのだ。普段は個体でいる竜だが、ユエナ平原では集団で襲ってくることも珍しくはない。それに加えて竜に匹敵するほどのモンスターも生息している。雷竜デニュゼストと戦うどころか、ユエナ平原に入って生きて帰ってこれたものが稀なのである。そしてそれはその辺りの流れ者が挑んだ結果ではなく、腕に覚えのある者達が挑んだ結果なのである。

 つまりそこに行って雷竜デニュゼストを倒せというのは、死ねと言う事に他ならない。だがこの6人は両騎士団のトップの者達であり、ウィステリア公爵家に対する忠誠心もトップクラスだ。公爵家の為には命を投げ出しても本望と誓った者達である。代行とはいえ、現ウィステリア公爵家のトップの言葉には逆らえなかった。


「承知いたしました」


 ルージェスは頭を下げる。他の5人も同じく頭を下げる。ギリッという誰かが歯を食いしばる音が嫌に大きく聞こえた。

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