第39話 公爵令嬢、お手本役になる

 8月に入り、いよいよ私のデビュタントの日が近づいてきた。流石にあのエロオヤジ……もとい、義父もようやく私の事を思い出したらしく、デビュタントの為の家庭教師をよこしてきた。ハッキリ言って遅すぎである。デビュタントは貴族の、特に女性にとって一生を左右するイベントの一つといって過言ではない。この時の作法やダンスで醜態をさらそうものなら、それは一生ついて回るのだ。わざと失敗させようとしているのならともかく、王家との婚姻を結ぼうとしているのなら、絶対に失敗してはならないものだ。失敗したらもちろん保護者の器量も疑われる。そんな重要なイベントを忘れていたか、軽んじてた訳である。アホかと言いたい。王家も乗っ取りを考えるんだったら、もう少しましな人物を送り込め、と思う。ウィステリア公爵家は、吹けば飛ぶような木っ葉貴族ではないのだ。ただ、そのアホのお陰で私は結構好き勝手やってるので、何ともいえない複雑な心境になる。

 取りあえずそういう訳で、目の前に上級メイドの者が2人と年を取った家庭教師がいる。義父がよこしてくるだけあり、義父の一派であり、私を見下している者達である。

 

「ではお嬢様、最初にどこまでできるか基本を確かめさせてもらいます。まずは挨拶からです。公爵令嬢であられるお嬢様がカーテシーをなさる必要がある御仁は、公爵家の当主か王家ぐらいしかございませんが、今回はその王家の方が来られるとの事です。ですので、お嬢様もカーテシーをなさる必要があります。なじみはないと思いますが、まずは一度やってみてください」


 言葉は丁寧だが、口調にどうせまともにできないだろう、という侮りが含まれているのが分かる。

 私はこのクソババア、と心の中で罵りながらも、ニッコリと笑い、右足を軽く引き、左足を曲げ、ゆっくりと垂直に腰を落とす。同時にスカートを少しだけ持ち上げ、ふわりと落とす。ここで腰を折り深くお辞儀をする場合もあるが、まがりなりにも私は公爵令嬢である。相手が王族といえどそんな挨拶をする事は無い。


「御初にお目にかかります。クリステル・エル・ウィステリアが娘、セシリアと申します」


 そう言うと、静かに尚且つ滑らかに元の姿勢に戻る。我ながら完璧だ。家庭教師の後にいるメイド達が驚きに目を開いている。


「あ、挨拶の基本は出来ているようですわね。こほん。それでは、次に移りましょう。淑女は姿勢を正しく保つことが求められます。まずは本を頭に乗せ正しい姿勢で、落とさないかを見させていただきます。そこのあなた、書斎から本を持って来てちょうだい」


 挨拶にケチをつけるつもりだったらしく、次の用意はしていなかったようだ。ざまあみろと心の中で毒づく。もちろん表に出すようなことはしない。

 しばらくすると、メイドの1人が私が持ってる本の中で一番ぶ厚い本を持ってくる。嫌がらせが分かり易いにも程がある。しかも私の許しも無く、勝手に本を持ってくるとは何事か、と思う。


「姿勢を正しくし、この本をどの位落とさないかを見ます」


 そう言って家庭教師は、気を付けをした状態の私の頭の上に本を載せる。


(この本はあなたの給料1ヶ月分より高いのよ。分かってんの?)


 心の中でそう叫ぶが、私はにこやかな笑みを崩す事無く、そのまま微動だにしない。

 5分が経過したぐらいだろうか、家庭教師か小声で追加で本を持ってくるようにメイドに言う。

 メイドが追加で本を持ってきて、一冊一冊頭の上に追加する。中にはわざと重心をずらしたものもある。遂に手の届く範囲より高くなる。それでも私は微動だにしない。


「し、姿勢は大変よろしゅうございます。ではそのまま歩いて下さいませ」


 どうせ無理だろう、という心の声が聞こえる。私は頭の本を落とすことなく、優雅に歩き、尚且つ部屋の端でクルリと回ると、元の場所まで戻ってくる。

 今回はメイドばかりか家庭教師まで目を見開いている。


「お嬢様、魔法を使うのは禁止で御座います」


 家庭教師が少し強めの口調で咎める。


「魔法?これは基礎ですよね。魔法を使うまでも無く、当たり前にできることではなくて?」


 私は心外とばかりに反論する。


「ま、まあ、その通りですわね。では次はダンスを見ましょう。なんといってもダンスは社交のメインでございます。他ができていてもダンスができなければ台無しでございます。メイドの1人を男性役として踊ってくださいませ」


 合図と共にメイドの1人が出てくる。もう1人のメイドが持ってきたマジックアイテムから曲を流す。こちらは用意してきたようだ。おそらく連れてきたメイドのダンスを見せるためだろう。そして選曲されたのは予想通り、初心者用どころか最高難易度の曲だ。

 私の相方のメイドも時折付いていけなくなりそうになる。私はそれをさり気なくフォローし踊りきる。踊りきった後、相方のメイドは悔しそうにしている。


「ダ、ダンスの基礎もできているようですわね。流石はウィステリア公爵令嬢ですわ。では、少し早いようですが、今日のところはこれで終わりにしましょう」


 家庭教師達はそそくさと帰ろうとする。


「あら、まだ基礎の確認だけしかしておりませんわ。そちらのメイド達にせめてテビュタントに相応しいダンスを踊っていただけないかしら?」


 私は満面の笑顔でそう言う。


「申し訳御座いません。なにぶん最初でしたので、お嬢様に相応しい技量の者を連れてまいりませんでした。私は年齢ゆえ踊ることができません。日を改めてお伺いしとうございます」


 家庭教師はそう言って頭を下げるが、後ろのメイド達は悔しそうな表情を隠しきれないでいる。それはそうだろう、彼女達はメイドとは言え、貴族の出であり、しかもダンスに自信が有る者が選ばれたのだ。私の心を折るために。だが、折られたのはメイド達の方だった。


「まあ、それでは仕方ありませんわね。次に期待いたしますわ」


 私は表面はにこにこしながら、心の中ではお前らに教わる事は無い、と思いながら返答する。

 家庭教師たちはそそくさと帰っていった。そして2度と現れる事は無かった。


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