第38話 公爵令嬢、発明者になる

 さて、商会の設立と人員登用、それに伴う教育、レベリングは順番に欠かさず行い、軍事訓練も行う。また領内の周辺部は税を納めるだけの余裕が出てきたため、収穫量を精査し、適切な徴税を行う。人口動向の調査も外せない。農業指導は次の収穫に直結するため、少しでも多くの村に広げる必要がある。ボトルネックができれば他が詰まってしまう。綱渡りのような仕事を続けていく。ある程度は人に任せると言っても、教育を受け尚且つ信用のある人間などそう数は居ない。自然と私のやる仕事量は増えていく。時間がいくらあっても足りない。

 ところで、自分がもう一人いたら、と思ったことが無いだろうか。私は前世でデスマーチをやっていた頃、何度も思ったことがある。しかし、何という事だろう。今世界にはもう1人どころか4人もいるのだ。その喜びが分かるだろうか。私はリクライニングチェアに座り、公爵令嬢にあるまじきラフな格好で、トロピカルとまではいかないものの、幾つかのフルーツをミックスしたジュースを飲みながらしみじみと感じている。


「マスター。リラックスするのは止めないけど、私の部屋でやる必要は無いんじゃない」


 机の上で書類の山を片付けているエナが恨みがましい声で言う。その整った私と同じ顔には、うっすらとクマが見えている。おそらく昨日は寝ていないのだろう。


「私だって話し相手ぐらいは欲しいし、上ではこんなラフな格好はできないもの。それに一応メイド達が来ないかも気になるし」


 私は言い訳がましく言う。一応本当の事だ。実を言うと最近はメイドは殆ど別館には居ない。以前より更にメイドの質も落ちてきて、まともに給仕もできないし、服の着替えもできない、掃除もやり方を知らないので、下手にやらせたら家具や装飾品に傷がついてしまう。それはそうだ、ろくに教育も引継ぎもないまま、健康状態が改善したら義父に呼ばれていくのである。私の別邸は義父の夜伽の相手の養育施設じゃない。

 なので、この頃は、1日分の食事を持ってきたら下がらせていた。それでは太らないため、皮肉にも夜伽に呼ばれる者の数が減った。それに伴いフレッシュゴーレムを作る作業時間が減ったのでうれしい誤算だ。

 ただ、完全に朝以外来なくなったかというとそうでもない。洗濯ものの回収や生活の様子を見に時々来るのだ。しかも様子を見に来る時はドアノッカーを鳴らさず、別邸を回り込んでくる者も居る。警戒装置と言うべき魔法はかけているので、不意打ちされることは無いが、気分の問題だ。

 中に入ってくるには私が鍵を開けなければならないため、外から見たら私が大人しくしているように見えるように、上の部屋にはゴーレムというか、人形をおいている。一応多少部屋の中を歩き回ったりは出来るので、バレる事は無いだろう。


「それに私も頑張ってはいるのよ」


 これも本当の事だ。既に一日で回復できる量、つまり疲労ゲージが約半分まで減っている。疲れを翌日に持ち越さないためには、これ以上は働けない。ちなみに今は午後3時。丁度おやつタイムである。一応おやつタイムを1時間挟めば5時までは働ける。死にかけてからはやってないけれど。


「それは分かるわよ。分かるけどさぁ……納得いかないわ。それにその格好。流石に年頃の女の子としてどうなの」


 今渡している格好はゆったりとした伸縮性の高い生地の上着に、同じ素材のゆったりとしたズボン。飾り気はまるでない服だ。ぶっちゃけて言えばジャージ姿である。リラックスする時の服装の定番ともいえるだろう。一応この世界では未成年なので、ビールを飲んでいないだけましではないだろうか。


「どうって。リラックスする時の定番でしょう。どうせだれも来ないんだし、良いじゃない」


 私は平然と言い返す。


「それも分かるけど……これが、私のオリジナルだと思うと、ちょっと情けないわ」


 エナは羽ペンを握りしめて、悔しそうな顔をしている。最近改めて思うのだが、ホムンクルス達は恐怖心がないだけではなく、ちょっと私と性格が違うように感じる。性格が違うというより感性が違うのかもしれない。前にも考えたが、何となく私よりも若いのだ。そういう私も15歳なのだけど……私の場合15歳の今までの私に、前世の私が融合した感じだが、ホムンクルス達はもう一段あって、0歳の心に15歳の私の心が融合し、前世の私の記憶を持っているという感じだろうか。ようするに感性が若い。


「まあ、そうは言わないの。実は今日はちょっと良い物を持ってきたのよ」


 私は持ってきたバッグの中からペンを取り出す。それは羽のついていない棒状のペンだ。前世ではなじみ深いペン。ボールペンである。


「それボールペンじゃない」


 エナがちょっと驚いている。


「そう。私達の作業って、結構サインをする割合が多いじゃない。羽ペンより書きやすいし、インクに付ける必要もないから、時間が短縮できると思うのよね」


 ボールペンの構造は結構単純だ。色々な細かいノウハウがあることは知っているが、極論を言えば、先端にある小さな球を作る技術が難しいだけである。でもこの世界には魔法がある。構造さえ分かっていれば、作ることが出来る。大量生産は無理だけど。


「確かにいいわね。羽ペンって格好いいけど、書きにくいのよね。数枚だったら良いんだけど」


 エナはボールペンを見て喜ぶ。私は更に今度は少し大きめの手帳状の石板を取り出す。石板には数字が書かれている。


「これは、もしかして……」


 エナの目が驚きに見開かれる。


「そう、計算機。自立型ゴーレムは作れるし、AIみたいなゴーレムも作れる。極めつけはあなた達みたいな知能があるホムンクルスも作れる。なら、計算に特化したゴーレムというか、マジックアイテムも作れるんじゃないかと思って試してみたの。ファンタジー世界には似合わないけど何とかできたわ」


 私は自慢気に胸を張る。こちらは内部構造が分からないため、結構苦労したのだ。希少な材料も使った。数字や計算式が書いてある板の部分を押すと、内蔵された小さな人工知能がそれを読み取り、計算し、外のパネルに出力する。アナログだかハイテクだか分からない物だが、機能的には問題ない。


「凄いわ。これは仕事がはかどるわね」


 エナが喜びに声を上げる。私達の仕事の中には計算のチェックも多い。


「そうでしょう。如何に楽をするか。これが人類の進歩の原動力だと思うのよ」


 私はエナの喜びように私は満足する。


 この二つの道具によって仕事の効率は上がった。だが同時に仕事量も増えた。結果、仕事をしている時間は変わらなかった。解せぬ……


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