第37話 公爵令嬢、メイドになる
タヒネリアは交通の要所にある都市だ。かつては3万以上の人口を誇っていたが、ここ数年の悪政で一挙に数を減らしてしまった。街にある大通りには、まるでスラムのように痩せこけ、ボロボロの衣服をまとった者が座り込んでいる。それどころか白骨死体も無造作に転がっている。店のほとんどは閉まっており、開いている店も客と思しき者はまばらだ。閑散とした雰囲気を通り越して、荒涼とした雰囲気をかもしだしている。
そこに場違いな豪華な馬車が城に向かって進んでいく。中には中年の男性が2人、おつきのメイドらしき若い女性が2人乗っている。中年の男性は高価そうな服を着ているが、どちらも引き締まった身体をしており、まるで兵士のような印象を受ける。女性の方は2人とも顔立ちが良く似ており、片方が金髪、片方が深緑の髪をしている。
「しかし、ほんとにひどい有様ね。代官としては無能を通り越して有害だわ。即刻物理的に首を飛ばしたいところね」
メイドと思われる女性の金髪の髪をした方が、顔を露骨にしかめて吐き捨てるように言う。向かい合った男性に遠慮している雰囲気はない。
「私がいた頃はもう少しまともだったのですが……本当にこの都市を拠点にされるのでしょうか?」
端から見たら主人と思われるような人物の方がへりくだっている。
「これでも人口だけは周辺一だからね。働けるようになるまで何週間もかかるようなものまで含まれていそうだけど」
金髪の女性が答える。
「その辺は街が活性化し始めたら、逃げた人も集まり始めるだろうし、何とかなるでしょ」
深緑の髪の女性が横から口をはさむ。こちらも男性に遠慮している雰囲気はない。
「逃げているねぇ……死んでなきゃいいんだけど」
「それは否定しないわ」
女性は二人そろって溜息をつく。そうこうしている内に馬車はこの都市を治めるジノードが住む城へと着く。趣味の悪いことに、城壁には何体もの籠に入れられた死体が吊り下げられている。おそらく罪人、いや、罪人とされた人の死体だろう。見せしめの為に吊るされているのだ。そして、この光景はこの城だけの特徴ではなく、ごく普通に見られる光景だった。
御者が通行許可証を見せると、すんなりと通ることが出来る。特に馬車の中を調べられることも無かった。本館の前に着くとそこにも一人やる気の無さそうな兵士が立っていた。御者とやり取りをすると、建物の中に入ってゆき、陰気そうな年取った執事と一応美人の部類に入るメイドが出てくる。
執事が馬車のドアを開けてると、すぐに、尚且つ優雅に2人の美しいメイドが先に降り、綺麗な所作で、恭しく頭を下げて、男性たちが降りてくるのを待つ。その所作から高い教育を受けていることがうかがえる。
執事が男性たちを応接室へと案内する。2人のメイド達は付かず離れずの絶妙な距離で後からついてくる。歩き方からも、この城のメイドとは格段の差がある。
応接室の中にはガマガエルの様に太った一人の男がいた。昼間から顔が赤くなるぐらい酒を飲んでいる
「ふむ、よくぞ参った。この儂の街で商売を始めたいというのは本当か?」
男は立ち上がりもせずに言う。
「はい。ジノード様の都市の発展に少しでも寄与出来たらと考えております」
男のうち片方がニコニコしてそう言う。
「最近はこの街も不景気な話しか聞かんからな。下の者は働かず、上の者は搾り取ることを考えるばかり、頭が痛いものよ」
自分が搾取しておいて良く言えるものである。
「さようでございますな。ではまずお近づきのしるしとして茶菓子などを持ってきたのですが如何でしょうか?」
そう言うと、もう片方の男が箱を差し出す。それを開けたジノードはニヤリと笑う。中には金貨が詰まっていた。
「なかなかお前は、儂の好みを分かっておるな。良かろう。この都市での商売を許そう。ところで後ろのメイドも儂への贈り物か?」
メイドに話が向かったところで、慌てて男が止める。
「もうし訳ありません。訳有って、このメイド達はさる高位のご貴族様からお預かりしているものでして、私の一存では何ともできないのです」
ジノードはそれを聞いて、再度メイドを上から下まで舐めまわすように見る。メイド達は姿勢良く立っており、その視線を浴びても恐れるようなそぶりは見せない。
「ちっ。確かにたかが平民の一商人に揃えられるような者ではないようだな。まあ、いい。仕事に励み、ちゃんと納税するんだな。許可証は官吏に貰っていけ。では下がれ」
ジノードは何とか自分の欲望を抑え、退室を促す。商人たちは用が済んだら、長居は無用とばかりに許可証を貰ってさっさと城を出る。次に向かったのは商業ギルドだ。目的の場所につくと、元は立派だったという建物があった。今は壁の一部が剥がれ落ち、窓ガラスも割れたままになっていて、とても営業しているとは思えない有様だ。
商人たちは中に入っていく、中にはこれまた昔は高価だったと思われるが、あちこちが擦り切れた服を着ている男がいた。太ってはいないが、がりがりに痩せている訳でもない。
「ノグワーズ、本当に生きていたのか」
「久し振りだなシャリス。実はウィステリア公爵令嬢の部下に助けられてな。恩返しの為に今はご令嬢の元で働いている。ちなみに代官とグルになって俺を盗賊に襲わせ、商会を乗っ取ったメックはどうなった」
「このご時世だ、すぐに破産して行方知れずになったよ。お前さんほんとにこの街を拠点に商会を作るつもりなのか。言っちゃなんだが、このありさまだぞ」
シャリスは周りを見るように促す。商業ギルドというのに閑散としていて誰もいない。
「会長であるお前が受付をしているぐらいだからな。惨状は知っているつもりだ。だが、今回は後ろ盾もある。うまくいかせて見せるさ」
ノグワーズは力強く答える。
「じゃあ、潰れた商会を継ぐのか?それとも新しい商会を作るのか?」
「もちろん新しい商会を作る。許可証も貰ってきた」
ノグワーズは真新しい許可証を見せる。
「お前の顔を見ても何の反応もなかったのか?」
許可証を見ながらシャリスが言うと
「あいつが俺の顔なんて覚えているものか」
とノグワーズが吐き捨てるように言う。
「それもそうだな。よしちょっと待っていろ。書類を持ってくるから。何せ久しぶりだからな」
シャリスは立ち上がり、棚の中から幾つかの書類を取り出す。シャリスが持ってきた書類にノグワーズが必要事項を書き込んでいく。そして書き終わるとシャリスに渡す。
「今度の商会はアナトリ商会というのか。応援しているから頑張れよ。それにしても随分美人なメイドを連れているな」
シャリスは少しうっとりとした表情をして言う。
「訳ありなんだ。詮索はしないでくれ」
「……分かった。知らない方が良いってこともあるからな」
「助かる。じゃあ、またな」
ノグワーズが手を挙げて、立ち去る。メイド達は美しく一礼をして後について行った。
「何者なんだろうな、あのメイド達は」
そう呟いた後、シャリスは何かを振り払うように首を振り、登録の手続きを始めた。
4人が馬車に乗り込むと態度が一変して、男性たちの方が緊張した態度を取っている。
「お嬢様方。何故にメイドに扮してまで付いて来られたのでしょうか?もちろん話せない理由が有るのでしたら、無理におっしゃる必要はりませんが」
ノグワーズがそう聞くと
「「この顔を見忘れたとは言わせないわ、とあの代官に後で言ってみたいの」」
見事に2人ハモって答えが返ってきたのであった。
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