第34話 公爵令嬢、賓客になる
秋も深まり、収穫も終わり、冬支度が終わると辺境の一部で、数年ぶりに祭が開かれる。母が健在だった頃は各地で開かれていた。私もどこかの祭を見に行った事がある。
ちなみに私の誕生日は9月1日であり、今は10月。公爵家の1人娘であり、次期女公爵ではあるが、誕生祭なんてない。それでも、元のメイド達が居た頃は、大きなケーキを用意してくれて祝ってくれた。
今年に関しては、新しいメイド達が何もしなかったのと、なんだかんだで忙しかったため、すっかり忘れてしまっていた。人間、前世も合わせて60年以上生きると、誕生日といっても何の感慨も湧かないものである……いや、違った。私は15歳になったばかりのピッチピチ(死語)の少女だった。誕生日イベントが無くて悲しい。だから影武者をたてて、お祭りで心を慰めるのだ。
幽閉中の身なので、馬車でのんびり旅する訳にもいかず、村の近くに転移して、歩いて村まで向かう。
村はこの辺りで一番大きく、約300人の規模だ。食糧事情が改善した事で急激に人口を増やしている。あちこちに建てかけの家が見える。村に近づくにつれ喧騒の音が聞こえてくる。それは良いのだが、何だか村の入り口付近に不気味なものが建っている気がする。
「ねえ、あの村の入り口から道沿いにに並んでる柱に吊り下げられてるのって、人間の骨よね……」
私は1人だけ護衛として連れてきたトゥリアに聞く。
「どう見てもそう見えるわね。おかしいわね、領都付近じゃあるまいし、この辺りで見せしめに殺すような事はしてないはずだけど……」
ちなみにトゥリアの今の格好は屈強な兵士に化けている。私にはトゥリアの姿がうっすらと見えるが、他の者にとっては女言葉で話す不気味な兵士に見えるだろう。
村に近くまで行くと、吊り下げられているものがはっきりわかる。ボロボロの布を纏った人間の骨だ。これ見よがしに槍が突き立てられている。風に揺られて微かにカタカタと音がする。周りの明るい雰囲気との対比でより一層不気味に見える
「これはこれはお嬢様。本当に来ていただけるとは。大したおもてなしもできませんが、精一杯行いますので、楽しんでいかれてください」
村長が私を見て、駆けつけてそう言う。人のよさそうな顔でニコニコしており、周りにあるオブジェへの嫌悪感などみじんも感じさせない。その向こうでは女の子たちが輪を作って踊っている。
「あの、村長さん。この周りにあるものは何でしょう?」
私は素直に聞いてみる。
「ああ、これですか。よくできているでしょう。お嬢様の部下の方々が倒した盗賊団の死体を使ったのですよ。単に野ざらしにしていたらバラバラになってしまいますからね。骨から筋肉を剥がすのはなかなか苦労しました。ですがその甲斐あって、綺麗な白骨死体ができましたよ。更に吊り下げてもバラバラにならないように、関節部は
ちょっと最近忘れていたが、この世界はダークファンタジーだった。そういえばゲーム画面で、何でもない村の前にもこういった、白骨死体が磔にされたオブジェがあった気がする。私は崩れ落ち、膝と両手を付きそうになる。そんなのに時間とるんだったら、畑の雑草の1本でも抜いてよ、と思う。首から下げられた板を見ると「ウィステリ公爵令嬢の民に手を出した愚か者の末路」と書いてある。
確かに私の名前は広まるかもしれないし、盗賊に対する抑止にもなるかもしれない。でも、私が考えている平和な村の光景じゃない……
「どうかされましたか?何だかお顔の色が優れないようですが……」
村長が心配そうに声を掛けてくる。その様子から本当に心配しているのが分かる。この村長に悪意はないのだ。
「いえ、何でもありませんわ。では、ご案内して頂いてもよろしいかしら」
私は何とか気を取り直す。この辺りはおいおい変えていけばいい事だ。前世の世界だって、中世ではもっと酷いことをやっていたところもある。
「はい、畏まりました。では早速こちらへ」
村長は村の中に私達を案内する。祭は村の中央にある広場で行われていた。周辺の村からも人が集まっているらしく、結構な数の人がいる。数は少ないが露店もある。この辺りに金が回り始めたことを嗅ぎつけてきたのだろう。露店の中身は安い装飾品がメインだ。後は砂糖を使った焼き菓子だろうか。教会で配布しているお守りもあった。もちろんマジックアイテムでもなんでもなく、最も安い気休めの物だ。
私は一通り回ると、祭の特等席と言うべきものに案内された。ひな壇に、精一杯豪華に作ったと思われる椅子が据え付けられている。一応先ぶれを出していたから、一生懸命作ったのだろう。貴族の感覚からしたら粗末なものだが、その気持ちだけでもありがたい。
私は促されるまま、椅子に座る。
「皆の者。我々に生きる希望を与えてくれたお嬢様が、村にお越ししてくださった。精一杯歓迎しようぞ」
「おおー」
村長の言葉に場が盛り上がる。男性が楽器を鳴らし、女性が踊り始める。素朴だが人々が楽しげに笑っているのが心地よい。元は自分のためとはいえ、結果的に人が幸せになるのは嬉しい。
暫くすると踊りが終わり、人が分かれると、そこから一頭の羊を連れた男と、大きな鉈を持った上半身が裸の男が現れる。音楽のテンポが速くなり、鉈を持った男が雄たけびをあげ、鉈を天高く掲げる。歓声が鳴り響く。祭のメインイベントが行われるのだろう。だが、私はなんだか嫌な予感がしてならない。
予想通り、私の目の前で羊の首が鉈で一刀の元に切り落とされる。血しぶきが舞い、男にも血がべっとりとつく。男は両手を高く上げ雄たけびを上げる。歓声が上がり、その中に女性の黄色い声も混じっている。
その後は羊の皮がはがれ、広場の中央でキャンプファイヤーのように燃えていた火で丸焼きにされる。その中でもとりわけ丁寧に焼かれた羊の頭を、皿に載せ私の前に持ってくる。
「どうぞお嬢様。御口に合うかは分かりませんが、私共の精一杯の気持ちです」
持ってきた男性は恭しく、肉の乗った皿を私に捧げる。炎に照らされて男の顔が不気味に笑っているように見える。
「ありがとう」
私は顔が引きつるのを何とか押さえて、受け取る。羊の肉自体は嫌いじゃない。だが目の前で屠殺されたものを出されると、ちょっとという気持ちになる。しかも頭である。一応知識として、頬肉や舌は美味しいし、脳味噌も高級部位だとは知っている。だが、部位を別々に出されるのと、頭をそのまま出されるのでは気分が違う。一応脳みそが食べられるように、頭蓋骨は割ってあるが……それに、上品にカトラリーを使うのではなく、無骨なナイフで削ぎ取り、手掴みで食べなければならない。前世の知識では中世の貴族なんてそんなものと思うが、その辺りは上品に育ってきた公爵令嬢としての自分が、はしたないと悲鳴をあげている。
なんとか、それを抑えて、私は微笑みを崩さず、肉を削ぎ取り、かぶりついた。香辛料は使われておらず、単なる塩だけの味付けだが、悪くはない味だ。
「美味しですわ」
私がそう言うと、皿を持ってきた男は振り返り大声を上げる。
「お嬢様が美味しいとおっしゃってくれたぞ!」
わぁーと歓声が上がる。うーん、嬉しいんだけど。私が想像していた祭と違う……来年の祭はちょっと来るのを考えようと思った。
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