第31話 公爵令嬢、殺人教唆人になる
さて、私の戦闘訓練も一息ついた事だし、ギルフォード男爵の元で鍛えられている者達の様子を見に行きたい。この間は遠目で見ただけだったし、メイド達のレベルが上がって、どんな感じなのかも知りたい。
そういう訳で私はイスナーンを連れて、ギルフォード男爵領へと向かった。訓練場では相変わらず稽古が行われている。ただ、人数が増えてちょっと手狭になっているようだ。助けたメイド達だけでももう40人近くいるのだから仕方がない。
レヘンシア騎士爵とヘゼルが模擬戦をやっていた。レベル的には同じで、能力値はヘゼルが勝っているのに、一方的に負けている。私は近づいていくと気配に気づいたのか、模擬戦を止める。
「これはこれは、セシリア・エル・ウィステリア公爵令嬢様。ようこそいらっしゃいました。何分訓練所ですので、大したおもてなしは出来ませんが、休憩室へお越しください」
深々と頭を下げるレヘンシア騎士爵。
「そんなにかしこまれると、かえって困りますわ。では、お言葉に甘えてそちらにお邪魔します。私の専属メイド達の訓練をちょっと止めてもらっても良いでしょうか。彼女たちにお茶の準備をしてもらいましょう」
「こちらこそ、そうしていただけると助かります。公爵家のご令嬢をおもてなしできる様な使用人などいませんから」
レヘンシア騎士爵はちょっと恥ずかしそうにそう言うと、使いを出してメイド達を呼び寄せる。私達はそのまま休憩室へと入る。休憩室はこの手の訓練所では珍しく清潔に保たれている。ここにいる者に元メイド達が多いせいだろうか。流石に僅かだが汗の臭いがするのは仕方が無い事だろう。これぐらいは許容範囲内だ。私は中央に据え付けられたテーブルにつく。反対側にはレヘンシア騎士爵が座る
暫くすると、メイド達がお茶の準備をし、素朴だが、清潔なティーカップにお茶を注ぐ。
「して、今日はどのようなご用件でしょうか?」
レヘンシア騎士爵はお茶を一口飲むと、姿勢を正して私に聞く。
「2つほどありまして、まずはティータ達をこちらの方で強化訓練のようなものを行ったのですが、結果はどうかと思いまして。少々拝見させていただいたところ、ハスバル様には手も足も出ない様子でしたね」
来た時の様子を思い出して、私は聞く。レヘンシア騎士爵は少し考えて説明を始める。
「そうですね。単純に肉体的な能力は格段に上がっていました。単純な力比べや素早さでは、もしかしたら私より上かも知れません。ですが、それだけで戦いの勝敗は決まりません。根本的な戦いの経験の違いでしょうか。彼女たちは直線的な動きが多すぎます。フェイントにも直ぐ引っ掛かりますし、攻撃も読みやすいです。幾ら速い攻撃でも、来る場所が分かっていれば対処は難しくありません」
それを聞いてティータ以下、レヘンシア騎士爵に負け続けたと思われるメイド達が、申し訳なさそうにしている。
しかし私は、やはり、と私は思いちょっと嬉しくなった。先のギガントサイクロプスや邪竜ニゴモドスと戦った時にも感じたが、攻撃が単調過ぎた。彼らは戦う事は滅多に無く、戦ったとしても必殺の一撃で大抵のものは倒してきたのだろう。だからこそ動きが今一つの私でも、能力値の差で勝てた。逆に言えば、能力値が低くても、戦闘に関するセンスを磨けば勝てる。私は神竜ロールアンクスに対する勝利を確信する。範囲攻撃で死なないために、ある程度のレベル上げは必要だろう。しかし、戦闘に関する経験値をためようがないロールアンクスには優位に立てるはずだ。
「それは何よりですね」
私は思わず頬が緩む。
「彼女たちが弱いことがですか?」
レヘンシア騎士爵は不思議そうな顔をする。
「ええ。神竜ロールアンクスに対する勝ち筋が見えてきました。能力の高さだけが勝敗を決める訳ではない、と言う事が確認できましたから」
「なるほど、そういう意味ですか。確かに神竜の能力は未知数ですが、傷つけられる武器があれば何とかなるかもしれませんね」
レヘンシア騎士爵は納得して頷く。
「それでは、2つ目の目的なんですが、彼女たちに盗賊退治をさせたいのですが、可能ですか?」
盗賊退治、つまりは人殺しである。ゴブリン退治はもう経験しただろうが、普通の感覚では悪人とはいえ、人殺しにはやはり抵抗感があるだろう。普段と同じ力を出すのは難しい。そして、一瞬のためらいが生死を分けることも少なくない。
レヘンシア騎士爵も顎に手をやり、考え込んでいる。
「技量という面で言えば、1対1の状況に持ち込めば可能でしょう。しかし実際に殺せるかどうかは、やってみないと分からない、といったところでしょうか。この場で無理と思っているものは、恐らく無理だと思います」
レヘンシア騎士爵の言葉に、メイド達が緊張するのが分かる。私はメイド達に顔を向ける。
「貴方達やれそう?」
私は真剣に聞く。もし無理だといったらレヘンシア騎士爵の言う通り無理だろう。その場合は後方担当にするしかない。幸い彼女たちは元々メイドだ。後方担当にしても悪くはない。
彼女たちは黙って顔を合わせ、再びこちらを見ると、意を決したようで、メイド達を代表してティータが言う。
「私達はお嬢様に命を救われ、お嬢様の仰せのままにすると誓ったのです。たとえそれが人殺しでもやってみせます。それに相手は盗賊です。モンスターと同じと考えれば出来ないはずがありません」
「ありがとう。嬉しいわ」
私はそう返事をする。だが心の中でサポートが必要だと思った。メイド達だけでの盗賊討伐は難しいだろう。まあ、最初から嬉々として人殺しをするのも、なんだと思うのでこんなものかもしれない。
ウィステリア公爵領の辺境、ギルフォード男爵領、レヘンシア騎士爵領が少し豊かになった事で、盗賊たちが集まり始めている。私はどの盗賊が訓練にふさわしいか考え始めた。
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