第30話 公爵令嬢、重装備戦士になる

 その日はゆっくり寝て、次の日に備える。次は接近戦の訓練だ。接近戦はこれまでやった事がない未知の体験だ。

 次の日早めに朝食を取った後、慎重に装備を選ぶ。まずは鎧。防御力の高いフルプレートメイルアーマーを真っ先に選択肢に入れる。その中からどれを選ぶかだが、バランスが良いのはドラゴンの素材を使ったドラゴンメイルだ。しかし、私は重量は極端に重いが、防御力はピカイチの古代重騎士の鎧を選ぶ。鎧というよりパワードスーツといった方が良いような外見だ。希少金属をふんだんに使ったうえに更にドラゴンの素材まで使っている。完全密封型で、目の部分はスリットでなくバイザーになっていて、間接部もドラゴンの革で塞がれている。魔法で酸素が作られ、空気さえ循環式なので水の中だろうが、毒ガスの中だろうが平気だ。欠点は重量で、100Kgを越える。筋力、体力とも60以上なければ、まともに動けない。

 次は盾。難攻不落の大盾だ。これも、先の鎧と同じく希少金属や素材がふんだんに使われている。強固な防御力に加えて、構えていたら、エネルギーシールドみたいなもので、身体全体を覆い、全てのダメージを30%軽減する。更に、ブレスや毒ガスなど身体全体を覆うような攻撃は90%軽減する。重量が30kgあり、片手でまともに動かすには筋力70が必要だ。

 3つ目は女神の守護の大剣、剣の鍔がバックラーシールドなみに大きい特殊な剣だ。攻撃力は並だが、全ての防御力を10%上げる効果を持っている。またこれも結晶石の剣と同様に剣の先端から魔法を放つ事ができる。刃渡り1.5mの大剣の為、距離延長は馬鹿に出来ない。

 ちなみに必要能力は装備ごとに別計算だ。これはゲームの設定どおりであり、前世の感覚としては少しおかしいような気もするが、そういう法則なのは素直にありがたい。

 後はオーソドックスにプロテクションリング、鉄壁のタリスマン、不動のタリスマンなど防御力を上げるものや、ノックバックを防ぐものを選ぶ。

 よし完璧、と思って後ろを見るとホムンクルス達が呆れた顔で見ている。


「マスター。防御力強化しなくてもネームドのギガントサイクロプスに勝ったじゃない。何と戦う気なのよ……」

 

「勝ったのは勝ったけど、結構痛かったのよ。これから先の事を思えば、訓練は仕方がないけど、出来るなら痛くない方が良いじゃない」


 私はテッセラにそう反論する。確かに前回HPゲージの減少は5%未満だった。攻撃1回に受けたダメージは1%ちょっとといったところだ。だが考えても見てほしい。1%として100回その攻撃を食らったら死ぬのである。ビンタあるいはデコピン100発で死ぬだろうか。つまりはそういう事だ。大分この身体は痛みに強いとはいえ、デコピンぐらいの痛さは有ったのだ。それを連続で喰らいたくはないし、それ以上の痛みなど考えただけで恐ろしい。今から考えれば、よくドッペルゲンガーを召喚できたな、と思う。今はもうできそうにない。


「45レベルの、しかも攻撃力に割り振った敵の攻撃をあれだけ喰らって、感想が痛かったって……やっぱりマスターに基準はおかしいわ」


 テッセラは首を振る。


「そんなこと言われても……それで今度はどの敵と戦うの」


「そうね。邪竜ニゴモドスなんてどうかしら。彼が持っている暗黒騎士の武具一式は欲しいでしょう?」


「邪竜ニゴモドスはレベル65よ。確かに欲しいのは欲しいけど……」


 暗黒騎士の武具一式は、神竜ロールアンクスを倒すのに絶対必要な装備だ。これがないと傷つけられないというわけではないが、3年後に到達できるであろう、レベル30で倒すにはこの装備の力がないと多分厳しい。


「今回は私達4人ともいざという時のために待機してるわ。流石にメイド達は範囲攻撃で死ぬ可能性があるから、ちょっと連れていかない方が良いと思うけど」


 ニゴモドスの経験値は約100万。レベル上がったばかりのイスナーンとトゥリアのレベルアップには足りないが、エナとテッセラのレベルは余裕で上がる。メイド達もギルフォード男爵と同じ18レベルまで上がる。惜しいが復活の魔法がない以上仕方がない。


「分かったわよ。じゃあ、昼食後に行くわ」


 最近は昼食後は散歩もお茶もしていない。メイドになったばかりの私の担当者は、別に何とも思っていないらしく、控室でじっとしていてくれとお願いすると、その通りにしてくれている。昼食も以前ほどマナーにうるさくはなく、というかできないのだが、早く食べてもだれも何も言わない。ティータ達は下級メイドといえど、それでもかなりの教育を受けていたことが分かる。

 私は昼食を食べ終わると、メイド達に待機を言いつけ、地下室へと降りる。そこで装備を着る、というか装着する。古代重騎士の鎧は高レベルのマジックアイテムだけあって、自動で装着できるのが良い。ちょっとロボットの合体シーンみたいな感じになるが、それもまた良しだ。


「準備できたわ。行くわよ」


 ホムンクルス達4人も今度はちゃんとマジックアイテムの装備をしている。外見から察するとエナとテッセラが戦士型、イスナーンとトゥリアが魔術師型だ。

 私は邪竜ニゴモドスの手前に転移する。目の前には禍々しい、霧が渦巻いているような入り口がある。これをくぐれば人間界とは隔絶された、邪竜の住む空間である。

 私はゴクリと一度つばを飲み込むと意を決して中に入る。


「ほう。人間風情が我の住処に来るとは珍しい。だが、その無礼さはその身を滅びしてもまだ足りぬ。未来永劫この空間に魂を閉じ込め、苦しめよう。我の住処に土足で入った事を永遠に悔いるが良い」


 邪竜ニゴモドスはゆっくり起き上がる。ギガントサイクロプスと比べてもさらに大きい。全長30m以上あるだろう。遠距離攻撃しようとしても、大抵の魔法は相手の近接戦の間合いに入らなければならない。しかし今回私は接近戦仕様。私は重い鎧を着けてるとは思えない軽い動きで、あっという間に足元に潜り込む。そして直径1mはあるであろう太い前脚に剣を突き刺す。この剣カテゴリーは大剣なのだが形状から突きが主体の剣である。ニゴモドスは油断していたようで、深々と剣が突き刺さる。ニゴモドスは叫び声を上げながらも、前脚を引き、尻尾で攻撃してくる。私はそのしっぽにカウンターで剣を突き刺す。衝撃が来るが、ノックバックを防ぐマジックアイテムのおかげで少し後退するだけで済む。


「おのれ人間風情が」


 ニゴモドスが怒りの声を上げる。HPは1割ほど減っている。今回は攻撃力は重視していないのでこんなものだろう。逆に言えばこれを後10回繰り返せば勝てる。私のダメージは0だ。私は少し心に余裕が出てきた。

 しかし、ニゴモドスは私の考えをよそに、翼をはためかせ空中に飛び上がる。剣ではどうやっても届かない。ずるい!


「猪口才な人間め。我を傷つけるとは、それなりの力は持っているようだな、だが、無駄な事。我が闇の吐息で骨まで溶けるが良い」


 そう言って禍々しい煙が渦巻くような黒いブレスを吐いてくる。とっさに盾を構える。チリチリとした痛みが走る。HPゲージを見ると少しずつHPが減っている。1秒間に約2点ずつ、この装備をもってしてもノーダメージとはいかないようだ。だが私のHPは2万を超えている。更にこのブレスは毒、即死、疫病、盲目の状態異常効果も有るが、私の装備は外気に触れないので、魔法に寄るもの以外は無効だ。なのでこのブレスで死ぬには相当時間が掛かる。ちなみにニゴモドスのHPはボスらしく、レベル65にもかかわらず5万である。重ね重ねずるい!

 しかし、30秒ほどたってもブレスが収まる様子はない。このままではさすがに不味い。私は剣の先端に魔力を集中する。そして盾の横から剣だけを突き出し、ニゴモドスの口に狙いを定める。古代の重騎士の機能として、バイザーに盾越しの画像が映るというのがある。ゲームではちょっと離れたところからの視点で自キャラを扱うため、設定のみの機能だったが、こういった場合非常に便利だ。

 私はニゴモドスの口目掛けて、限界まで溜めたホーリーレイ聖なる光線を繰り出す。それは太いビームのようにブレスを切り裂き、ニゴモドスの口の中に入り、喉を貫通し、脊髄を破壊する。

 クリティカルヒットだったらしく、HPが2割近く減る。だが、ニゴモドスの様子がおかしい。まるで死んだように全身の力が抜け、下に落ちてくる。こちらを睨みつけているので生きているのは分かるが、身体は痙攣して動かないようだ。

 私はニゴモドスに近づく。首の後ろに大きな穴が開いている。これでは神経が全部やられているだろう。動かないのも納得だ。だが、その傷は少しずつ塞がっていく。私は防御を捨てて、何度も首に剣を切り付ける。20回以上は攻撃しただろうか。遂にニゴモドスの首が落ちHPが0になる。


「ふう。何とか倒せたわ。接近戦だけでなく、遠距離戦でもこの装備をベースにした方が良い感じね。ダメージが増すより防御力を上げた方が安心感が違うわ」


 私はフルフェイスヘルメットの中で顔は見えないだろうが、ニコニコして言う。


「……これが接近戦?……そうね。マスターが納得したんだったら何よりだわ」


 何だか複雑そうな顔でテッセラがそう呟いた。



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