第5話 公爵令嬢、盗賊になる

 8時位に朝食を食べ始めたというのに、食後のお茶、化粧直しをしていたら、あっという間に10時を過ぎてしまった。12時には昼食が始まるから、作業できる時間は2時間もない。書斎に向かい適当な本を3冊取って自室に引きこもる。隠蔽の魔法を解除し、作業の続きを行う。

 部屋を少し広くし、4つに区切る壁を作る。私の想像力が乏しいせいで、石壁のいかにも地下室です、といった部屋が4つ出来上がる。扉も飾り気のない木製の扉だ。屋敷の部屋の扉を思い浮かべて作ればいいのだろうが、出来たのはシンプルなものの方がよほど良くみえる、明らかに不気味なものだったので結局作り直した。技能レベルから考えれば素晴らしいものが出来るはずなのだが、どうやら前世の知識が微妙に影響しているらしい。

 それだけなら良いのだが、どうも地下室に対する私の思い入れが良くないせいか、何だか陰気な感じがする。例えて言えばホラーゲームの地下室のような感じだ。まあ、秘密の実験や作業をするので、雰囲気としては間違いではないのだけど、自分で使うとなるとちょっと考えてしまう。


(うーん。専門家を呼ぶわけも行かないし、街でいろいろ買って持ち込むしかないわね……)


 そうこうしている間に、昼食の時間がやってくる。私はまた床に魔法をかけ、隠す。リビングに移動したところで、メイドがドアをノックする。私が返事をすると、ドアを開け、深々と礼をする。私が外に出るまではこの姿勢のままだ。食事の度に食堂へ移動するのは、今の私にとって無駄としか思えない時間だが、影武者を作るまでは諦めるしかない。

 昼食もまた豪華なものだ。サラダ、スープ、パンは勿論の事、メインの肉の煮込み料理、デザート、果物など次々に運び込まれてくる。

 優雅に尚且つできるだけ食事を早く終え、お茶を飲んで一息ついた後は、食後の運動の時間だ。運動と言っても庭を散策するだけだ。面倒臭いが、雨の日以外、毎日の日課なので、突然やめるわけにもいかない。

 散策用の服に着替え、散策が終わった後は、午後のお茶の時間の為にまた着替える。そしてわざわざ部屋ではなく、庭に作られた小さな東屋に移動する。

 お茶の時間は5人メイド全員がついてくる訳ではなく、2人だけだ。1人はティータ、もう1人はヘゼルという少女だ。こちらは小柄で、黒髪のロングヘアーに黒目と何処となく和風を感じさせる面立ちだ。

 東屋に添え付けられたテーブルの上にテーブルクロスが張られ、その上に大きなスイーツスタンドが置かれ、ケーキ、クッキー、ドーナツと次々におやつが並べられていく。

 私は椅子に座り、ケーキをほおばりながら考える。


(いやー、細かい設定はしてなかったけど、私、半分幽閉されているとはいえ、優雅な生活を送っているわよね。よくもこの生活でこのスタイルを保っていられるものだわ……)


 私のウエストは細く、殆どコルセットで締め付けてはいない。特にダイエット生活を送っている訳ではなく、食べたいものを好きなだけ食べている。そのくせ運動らしい運動はしていない。それでこの体型だ。これこそが一番のチート能力じゃなかろうか、とまで思ってしまう。


「お嬢様。何か心配事でもおありなのでしょうか?」


 私がボーと考えていると、ヘゼルが心配そうに尋ねてくる。


「え、ううん。大したことじゃないわ」


 私は軽く首を振る。


「もしかして旦那様の事でしょうか?」


「ええ、まあ、そんなところね」


 私はあいまいに答える。


「そうですよね。奥様の葬儀の直後に部屋を模様替えするなど、酷い話です。もしお嬢様が旦那様と反目しても、ここにきているメイドは全員お嬢様の味方です」


 ヘゼルはよほど不満を抱えていたのか、一気にまくし立てる。こちらが思わず気圧される程だ。ただ残念なことに、ヘゼルも能力値はティータと似たり寄ったりだ。忠誠心は高いので、時間が出来たらレベルアップさせて、他のメイドたちと共に親衛隊の中核要員にしても良いかもしれない。能力値は最悪レベルアップでどうにかなるが、この世界で忠誠心が高いのは重要なのだ。


「ありがとう。頼りにしてるわ」


 考えてるのは反目どころか反逆だけどね。いや、こちらが正統な後継者なのだから、捲土重来というべきかもしれない。やることは同じだけど。


 私はお茶を終えた後部屋に戻ると、今度は部屋の空間を歪め、城の地下通路と繋げる。この地下通路は、所謂非常時の逃げ道だ。城の宝物庫から隠し扉を使ってはいることが出来る。宝物庫は強力な結界に閉ざされていて、今の私では通常の手段では入ることが出来ないが、この地下通路から逆に入れるのだ。

 私が通路の壁に手を当てると、壁が消え中に入ることが出来る。この隠し通路は義父も知らない。知っていたところで、ウィステリア公爵の直系と一緒にいない限り、通過できないので問題ない。

 宝物庫に入ると正に金銀財宝の山だった。流石に床に金貨が山積みになってこぼれてるって事は無いが、金貨の詰まった宝箱に、宝石のちりばめられたネックレス、宝冠、宝剣、指輪などが棚に所狭しと並んでいる。私は金貨の詰まった宝箱を開けて小さなため息をつく。


(公爵家でこんなに溜め込んでいたんじゃ、経済が回らないはずだわ)


 この世界の貨幣は一般的なゲームと同じく金貨、銀貨、銅貨がある。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。銅貨1枚が100円程度、金貨1枚が100万円ぐらいと考えてもらって良いだろう。ただ、生活必需品は安く、工芸品や贅沢品は高い。金貨1枚は庶民なら家族で1年ぐらいは暮らせる金額だ。それが、数えるのも面倒臭いほどにここにある。ついでにまだ金貨にしてないインゴットもある。

 経済発展の基本はお金を回すことだ。金を動かすことによって、物や人が動き、経済が活性化する。いざという時に使えるお金がなくなるほど浪費するのは論外だが、溜め込みすぎるのも問題だ。そもそもこの世界は無給で庶民を使役することが多すぎる。

 取りあえず私は幾つもある箱の中から一番奥の箱を取り出し、中身の金貨をごっそりと抜き取り、変わりに石のブロックを入れ、上の方にだけ金貨を入れる。重さが大分違うが、そもそも私でなければ持ち上げられるような重さじゃないので、そうそうバレる事は無いだろう。

 私は金貨を魔法で作り出した収納ボックスに入れると、地下通路にでて、そこから部屋に戻る。

 持ち出した金貨を1000枚程数えたところで、メイドたちが夕食を邸宅へと運んでくる。感覚からいって、1万枚以上の金貨を持ち出せたと思う。変な使い方をしない限り、当面はこれで十分なはずだ。私は金貨を隠し、また食堂に向かう。

 夕食は一日の中で最も豪華だ。メインの肉料理と魚料理だけで数種類あるし、果物もまるでビュッフェレストランのように並べられている。これが普通のファンタジー世界なら素直に喜んで食べれるのだけど、この食事の為に、かなりの庶民が食うや食わずの生活を送らされている、と考えるとちょっといたたまれない。今のところどうしようもないから食べるけれども……

 

 夕食が終わったら入浴である。たっぷりとお湯を張った浴槽に入りゆったりとし、浴槽から上がればメイド達が全身を洗ってくれる。そして、その後は心地よいマッサージ付きだ。

 特に疲れているとは思わなかったが、眠たくなってくる。私が軽く欠伸をすると、それを合図だったかのように、メイド達は私にナイトウェアを着せ、この邸宅から去って行く。


 これから朝までは、完全に自分一人の時間だ。私は明日手際よく買い物を済ませるために、買い出しメモを作成する。ホムンクルスを作る材料、必要な器具を調べ、書き出していく。お洒落なテーブルや壁紙もついでに欲しい。気が付くと日付が変わっていた。


(もうそろそろ寝なきゃね。先は長いんだし)


 私はそう思い、また軽く欠伸をしてベッドに横になる。ちなみにどれぐらいいま疲労してるのかしら、と思い自分のステータスを見ると、疲労ゲージが3分の1ほど減っている。

 えっ?と私は思わず二度見してしまう。しかし、見間違いではない。こんなに優雅な生活をしておいてなお、私の身体はかなりの疲労を覚えるらしい。これでは3徹したら下手したら死んでしまう。たまにならともかく、何時も今日のような生活を送っているのも疲労がたまる元なのかもしれない。お風呂の後のマッサージは気持ちよかったが……

 

 (なんにせよ早く影武者となるホムンクルスを作ることが必要だわ)


 私はそう思い、柔らかく広いベッドの中で眠りについた。


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