第4話 公爵令嬢、建築家になる
ギルフォード男爵との交渉後、私は部屋にこっそりと入る。私の部屋というか屋敷は、城の外れにある別邸だ。被差別対象者とはいえ、そこは公爵令嬢、ぼろ小屋というわけではなく、前世の感覚で言うと、十分豪華な、邸宅と呼ぶにふさわしい屋敷だ。部屋も寝室、風呂、トイレ、書斎、リビング、客間、衣裳部屋、食堂、メイド用の控室、護衛用の控室に空き部屋が3つある。ハッキリ言って前世に住んでいたマンションより大分広い。強いて言えばキッチンが無いが、これは料理をここでしないのだから仕方がない。
メイド用と護衛用の控室は有るが、護衛用の部屋は基本的には使われておらず、メイド用の控室も昼間しか使われてはいない。
14年間私を可愛がってくれた母の葬儀が終わるまでは、万が一にも事を荒立てないようにおとなしくしていたが、義父が喪に服しもしない以上、もはや遠慮する事は無い。
計画がバレないようにするためには、影武者が必要不可欠だ。そうでないと自由に動ける時間が少なすぎる。私はちゃんと休息を取らなければならないのだ。影武者と言っても普通の人間を変わり身にたてるのはバレる恐れが大きい。そこで私はファンタジーならではの分身、ホムンクルスを作ることにした。
ホムンクルスを作る方法は知識として既にあるが、材料と作る場所がいる。なので私はまず隠し部屋を作らなけばならない。明日からは忙しくなるぞ、と思いながら私は眠りについた。
次の日、朝日と共に目覚める。夜は9時ぐらいに寝るため睡眠時間は十分だ。早寝早起き。前世では考えられない生活である。朝食の時間まではまだ2時間ほどある為、早速隠し部屋の作成を行う。隠し部屋の作成と言っても、この世界には魔法があるので便利なものだ。
寝室の床を目立たないように切り取り、現れた地面を魔法を使い穴を掘っていく。この世界の魔法は基本的に頭の中で強くイメージするだけだ。ただ、戦闘の時にとっさに具体的なイメージをするのは難しい事もあるようで、ファイヤーボールなどの名前と効果を一括りにして覚える者も居る。後は魔力を流すだけで効果を発揮するマジックアイテムや、効果を強くしたり、長くしたりする魔法陣もある。この地下室も隠蔽と壁や床の強度を高めるため、また私以外のものが入れないようにするため、壁や床に後で魔法陣を描く必要があるだろう。
私がイメージするように床に四角い穴が開き、それが斜めに伸びて行く。そして床は階段になり、土だった部分は石に変化する。3m程下に階段を延ばしたところで、今度は空間を横に広げていく。
10m四方ぐらいまで広げたところで、こちらに向かってくる人の気配を感じる。いつの間にか朝食の時間になっていたようだ。私は慌てて階段を駆け上がり、入り口を魔法で隠した。
トントンとドアノッカーの音が鳴る。私はベッドのわきにあるマジックアイテムのベルを鳴らす。普通に返答していても声が届く距離ではないのと、鍵をかけているため、離れた場所で開錠する道具が必要なのだ。前世でいうドアホンみたいなものだ。
「失礼致します」
鍵が開くや否や、玄関のドアを開けてメイドたちが入ってくる。入ってくるメイドは5人。それぞれにサービスワゴンを押している。寝室の前までくると、先頭のメイドが、寝室のドアをノックする。
「お嬢様。朝食のお時間でございます。御召し物を着替えさせていただいてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
私はそう答える。するとドアが静かに開く。メイドたちは一礼をすると、5人の内2人が寝室の中に入ってくる。私はベッドから立ち上がり、すぐそばの姿見の前に移動する。入ってきたメイドは隣の衣裳部屋の中に入っていく。そこには数えるのが面倒くさくなるほどのドレスが飾ってあり、その中から一組の衣装を素早く取り出す。そしてぼーっと立っている私のところまでくると、今着ているナイトウェアを脱がし、ドレスを着せる。私といえばメイドに言われるがまま、手を挙げたり足を挙げたりするだけだ。そうして最後に髪を整えるとようやく食堂へ移動する。
一人で座るには大きすぎるテーブルに、椅子が数脚あるが、私用の椅子以外は使われたことはない。私が座るとサービスワゴンから料理が取り出されテーブルに並べ始められる。虐げられている私の食事は、大げさな準備にもかかわらず、カビたカチコチのパンと、くず野菜のスープ……なんてことはなく、ふかふかの数種類のパンに、コーンスープ、シャキシャキの野菜に、卵料理だけでもゆで卵、スクランブルエッグ、オムレツと3種類、更にベーコンやソーセージまである豪華なものだ。
一応私の残したものを後でメイドたちが食べるのだが、それにしても量が多い。これでも公爵家の朝食としては貧相なのだから、前世の私の朝食など、貴族にしてみたら家畜の餌だろう。
皿を取り出す時や、並べるときにわずかだがカチャリと音がする。本来なら全くといって良いほど、音をたててはいけないところだ。私のところに来るメイドの技量は少し低い。通常なら公爵令嬢のメイドとなれば、下位貴族の令嬢がなることが多い。だが、私のところに割り当てられているのはすべて平民上がり、本来ならせいぜい直接は貴族の前に出ない、下級メイドのレベルだ。メイドたちにしてもちょっとした失敗で、簡単に殺されてしまうような貴族を相手にする仕事はストレスの溜まるものだろう。
だが、私は滅多な事では怒らないし、無茶な命令もしない。なので、義父の意図に反してメイドたちの私に対する忠誠心は高いし、仕事も一生懸命やってくれる。ここでの生活は快適の一言に尽きる。メイドと良好な関係を築いてきた今までの私を褒めてあげたい。
食事を終えると、薫り高い紅茶が目の前に出される。それが合図となり、一人を残してメイドたちは自分達が食事をするために、控室へと去って行く。残るのは勿論交代制だ。今日の当番は、メイドの中でも一番仲良くしているティータだった。亜麻色のショートヘアーに、紫の瞳を持つなかなか可愛らしい子だ。と言っても、今の私よりは年上だけど。
私は紅茶を一口飲むと、カップをおき、ティータに話しかける。
「ティータ。お母様の葬儀の後、本館はどうなっているのかしら?」
ティータはよくぞ聞いてくれました、とばかりに話し始める。
「酷い話です。お嬢様にとってはお辛い話になるでしょうが、旦那様は今朝直ぐに、メイド達に亡くなった奥様の部屋の模様替えを命じられたそうです。何でも新しく側室を迎え入れるとか。まだ喪も明けてないというのに、あんまりです。それに奥様がお亡くなりになってから、あくまでお嬢様が成人なさるまでの代行だというのに、完全にここの主人気取りです」
あらあら、もう完全にギルフォード男爵の娘を手に入れた気になっているのね、と私は少し呆れる。まあ、義父の立場ならそう思っていても不思議はない。それに油断していてくれた方がこちらも助かる。
「仕方がないわ。私はまだデビュタントまで2年あるし、成人までは4年ある。それから結婚して爵位を正式に継いだとしても、最初の数年は跡継ぎを生むのが最優先でしょうし、当分お義父様にこの領地を任せるしかないもの」
私は貴族の常識に沿った返答をする。
「それはそうでしょうが……」
そういってティータは不満そうな表情をする。
「ティータ。ここ以外ではそんな顔を見せてはダメよ」
私は軽く注意する。不満を持っていることを知られたら、ティータは速攻首が飛びかねない。しかも文字通り、物理的にだ。
私はティータのステータスを見てみる。忠誠値は高いが、後は軒並み凡人である。私がレベルアップの手伝いをしたら強くはなるだろうが、性格が戦闘向きじゃない。実は隠しステータスで、戦闘メイドと言うべき能力を持っていたら、とか思ったが、そんな面白設定はないようだった。
「今日はちょっと、集中して読みたい本があるの。だから私の部屋の掃除はしなくて良いわ。貴方達は控室でゆっくりしていてちょうだい」
本当のところは明日の朝まで一人にしておいて欲しいところだけど、それだと一体何をするのか、という話になるので、これぐらいで手をうっておく。
「まあ、でもせめてベッドのシーツぐらいは交換しませんと……」
ちょっと驚いた顔で、ティータはそう言ってくる。私の感覚ではベッドのシーツなんて1週間に1度交換すれば十分だ。
「では、昼食の時にでも交換しておいてくれればいいわ」
「それではお嬢様の給仕が出来ません。ここには5人しかメイドがいないのですから」
再びティータに注意される。飯ぐらい1人で食えるわよ!と言いたかったが、今まで生きてきた常識で、それは公爵令嬢として非常識なのは分かる。別邸に住んでいると言っても、なかなかままならないなと思いながら、私は紅茶を優雅に、それでいてなるべく早く飲み干した。
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