第12話 ボンカレー甘口
修平は、自分が家にいる時部屋に鍵を掛けない。夜寝る時も。こう言うの、田舎の
土曜日の朝七時。大学は休みで、俺は八時からバイトだ。
コンビニで買ったチン飯とボンカレー甘口を、電子レンジで温める。愛想もへったくれもない真っ白な皿に盛り付け、カレースプーンを突っ込んでベッドのそばへ行った。修平は大の字になって、気持ちよさそうに眠っている。
こんなに眠っているのに、目の下の隈はどんどん濃くなって、身体は痩せていく。昨日は大学に来なかった。部屋に行ったら予想通りベッドで眠っていた。また暴れるのでは無いかと思って、怖くて起こせなかった。
ただぼーっと、昼間の光の中で寝息を立てている修平を眺めていた。
しばらくして修平は目を覚まし、トイレに行った。ズルズルと重たいものを引き摺るようにして。戻ってくると、まだベッドによじ登って、眠った。俺には一瞥もくれなかった。ここにいることさえ、気付いていないようだった。
どう考えたって、おかしい。
修平の中に寄生虫が巣くい、驚異的なスピードで育っているようだと思う。修平を内側から食い尽くし、人格を乗っ取り、育っている。いつか身体に無数の亀裂が入り、それが裂け、内側から悍ましい何者かが新たに生まれる。そんなことを考えて背中が寒くなり、慌てて頭を振る。
修平を起こすため、身体を執拗に揺さぶった。この前みたいに暴れるかも知れない。それでもいい。このまま黙って放置するわけにはいかない。
薄目を開けたところで、抱きかかえるみたいにして無理矢理身体を起こした。やはり修平は目をつり上げ、口を大きく開けた。
怒鳴り声を発する前に、口の中にカレースプーンを放り込む。むぐ、と声を上げて目をぱちくりしたが、俺がスプーンを引き抜くと黙って咀嚼して飲み込んだ。
カレーを掬い、口の前に持っていく。修平は口を開けた。その中へスプーンを入れる。唇が閉じる。スプーンを引き抜く。もぐもぐと咀嚼する。飲み込む。
「……何カレー?」
「ボンカレー甘口」
「うめぇ」
修平が口を開ける。思わず笑いが込み上げるが、黙って口に入れてやった。今度はしっかりと意思を持って、咀嚼している。
「ボンカレーしか勝たん」
俺はそう言って、もう一回修平にカレーを運んだ。こくりと頷いて、修平が口を開ける。
結局一皿分、俺は修平にカレーを食べさせた。お母さんが赤ちゃんにそうするように、修平のペースに合わせて。修平はゆっくりと丁寧に味わって、カレーを食った。
食べ終わった修平は、満たされたように息をついた。小さなシンクに皿を持っていき、水を掛ける。それから、きっとこれは誰も洗わず放置されると気付いて、汚れきったスポンジに洗剤を泡立てて洗った。
「なー、拓。俺最近変な夢ばっか見てる」
背中に修平が声を掛けてくる。うん?と俺は応じた。
「やたらめったら走ったり、絵に絵の具ぶっかけたり、拓に暴力ふるったり」
皿を、落としそうになった。
俺が知る修平の行動は、全部夢と認識されている?戸惑っていると、修平は言葉を続けた。
「昨日動画撮りに行ってから、随分長いこと寝てた気がするけど、今何時? 今日の授業、何だっけ」
皿をしまおうと思ったけれど、手が震えて持ち上げられなかった。諦めてシンク横の狭い調理スペースに置いて、振り返った。そこにはちゃんと修平がいた。普通の修平。ちょっと暗くて、穏やかで、男前の修平。
心臓の音がバクバク鳴って、鼓膜が割れてしまいそうだ。
「今日は、土曜だ」
「え、そうだっけ。……てか、泣くとこ?」
きょとんと首を傾げる。俺は腕で顔を拭いて、良平を見た。このまま、この修平でいて欲しい。
ずっとと考えていた。修平がおかしくなるときに必ず「眠る」とか「夢」とかを口走っている。そのキーワードに、何かが隠れている。
眠る度に、修平はおかしくなる。そんな気がする。
修平の手を掴む。修平の手は指が長くて、肉がなくて骨張っていた。
「課題、やっとけ。寝ないで。絶対寝ないで。バイト終わったら、また来る」
「……りょ」
呆けた声を修平は返した。
修平の身に何が起こっているのか分からない。どうすれば修平を救えるのかなんて俺には全く見当が付かない。でも俺が何とかしなければ。
俺が何とか、しなければ。
そう思いながら唇を引き結ぶ。修平は余分に買ったボンカレー甘口を見付けて、昼飯だと無邪気に笑っている。
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