第13話 町の平和を守ってるんだ

 修平の様子は気になるが、急にバイトを休むわけにはいかない。俺は土日、町に唯一存在するスーパーマーケットで働いている。バイト代は最低賃金に毛が生えた程度だ。高校時代から始めたバイトで、大学生になったらもっと割の良い職場に変えるつもりだった。けれど二十歳を過ぎてもまだここでこき使われている。


 所属はパンコーナーだ。工場から送られてくるパン生地を加工し、オーブンで焼き、陳列棚に並べる。菓子パンは一個百円という圧倒的な低価格。一枚五百円のピザが目玉商品だ。


 俺は六時間ひたすらピザを作る。休日は特にピザが売れる。お母さんが手を抜きつつ食卓を華やかに飾るには、ピザはうってつけの食べ物だ。嘗ては町に宅配ピザ屋があったが、会社ごと潰れてしまった。町でピザが買えるのは、このスーパーだけだ。休日の平和な食卓を、俺が守ってやってんだ。 


「拓ー。今日は照り焼きとマルゲリータが激売れだから。追加よろしく!」


 社員の安斉あんざいさんが声を掛けてきた。四十歳独身。背がちっちゃくてそばかすだらけの童顔、その癖に巨乳というマニアックな容姿で、サバサバした性格。噂ではバツイチらしい。俺はこの社員さんの事が気に入っている。勿論女性としてと言う意味ではない。パンコーナーのためなら本社の人間にも楯突いてくれるし、パートのおばさん連中のちっちゃくてくだらないゴタゴタを、一刀両断でさばいてくれる。円滑な職場環境を守ることに命をかけているようだ。安斉さんが担当になってから随分働きやすくなったのは感謝している。でも、安月給なのによくこんなに頑張れるよなと正直思う。


 町は慢性的に人材不足だ。俺が辞めたら、パンコーナーはかなり困ったことになる。町の休日からピザが消えてしまうかも知れない。そう思ったら、バイト先を変える事が出来ない。安斉さんも、結構困るだろうし。


 いつもは言いたい事だけ言って別の仕事に取りかかる安斉さんが、足を止めてじっと俺の顔を見ている。俺は、かなり居心地悪い気持ちになって、首を傾げた。


「あんたさ、何か困ったことに巻き込まれてない?」

「困ったこと? 別に……」


 一瞬修平の顔が浮んだが、「困ったことに巻き込まれている」というカテゴリーに分類して良いのか迷い、そう答えた。安斉さんは気味が悪いくらい真っ直ぐに俺の目を見つめている。


「……あんた、深夜にドライブに行かなかった?」

「……え……」


 淀みない視線を向けたまま安斉さんが言う。俺は狼狽えて身を引いた。しかし、無理矢理固定されたみたいに、視線は外すことが出来なかった。


「一緒にいた人、大丈夫?」


 一瞬背骨が痺れた。


 身動きがとれず固まっている俺にかまわず安斉さんが続ける。

「大丈夫じゃないね。バイト終わったら、その人のとこに一緒に行ってあげる」


「あ……あざっす……」

 口の中がカラカラになり、それだけを何とか答えた。

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