第6話 一緒に走ろう
僕は、手を伸ばし続けている。どうしようもない絶望と、怒りや悲しみを持て余し蹲る、彼に向かって。
道は、彼のいる場所に向かってどんどん軌道を変えていく。
何か目的を持って走るのは、久しぶりのことだと気付いた。どれくらい久しぶりなのかは、見当も付かない。でも確かに何時だったか、何かを必死に目指して走っていた気がする。その時と同じように、今僕は彼の所に辿り着くことだけを目指して走っている。
彼の真上には真っ赤な月があり、三角座りの姿を、映し出している。
鮮やかで、透明で、荘厳な緋色の光の中に、彼はいる。
そして道は、とうとう、彼のいる場所と繋がれた。嬉しくて、嬉しくて、喜びが腹の内側から込み上げてくる。唇の両端が持ち上がっていくのを、止められない。
僕は、いっそう手を伸ばす。彼方に見えた給水スポットにある、僕専用のドリンクに手を伸ばすように、指先が彼の腕を目指す。三角座りの膝の上に、白い手首が見えた。それを、掴む。
『僕と一緒に、走ろう?』
僕の誘いに、彼は首を横に振った。弱々しく。まるで泣いている子供のようだ。
『だって、俺、走れないから……』
震える声で彼が言う。僕ははげまそうと、笑みを送った。
『走れるよ』
だって、彼は走っている。僕の手に引かれて。彼の足は不器用だけれど、前に前に、動き出している。
『ほら、走っているよ』
彼は自分の足を見た。驚いたように目を見開き、確かめるように右側の手で前に踏み出す太ももを触る。不思議なものを見るように、自分の足を見つめていたけれど、やっとそれが自分の足であると認めたようだ。
『本当だ』
彼はそう呟いた。頬の緊張が緩み、口元に微笑みが産まれる。
彼が、僕を見た。僕は思いきり笑顔を浮かべ、頷いた。彼も笑みを返した。
彼は正面を向いた。その足が力強く地面を蹴り、規則正しいストロークを刻み始めた。
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