第26話 天ヶ峰村死闘④

 次の瞬間阿含は地面に這いつくばった。カーブミラーに銃を構えた別の盗賊が映った。

 ドンッ

 大きな発砲音とともに放たれたスラッグ弾が阿含の頭上を通り過ぎた。

 ドンッ

 もう一発スラッグ弾が放たれ、真横のコンクリートにめり込む。

 盗賊が叫ぶ。

「クソが、死ね、死ねよ」

 盗賊が中折式ショットガンを再装填しようとする。

 その隙を突いて阿含は目の前の古いアパートの側面に走った。駐輪場があり、金網で遮られている。速度を落とさず走り、右手で銃を持ったまま飛びつくようにして金網に登った。左手で金網の縁を掴むと、先程銃弾がえぐった傷が痛み、体勢を崩した。

 駐輪場の反対側の土の上に落ちたが、ギリギリで受け身が取れた。

 すぐに体を起こし、今自分が来た方に銃口を向ける。追手はまだ来ない。続いて自分の左腕を見た。袖が血で染まり始めていた。腕をかばいながらも走り出した。インカムで五番のポイントに迫撃砲を打ち込むよう指示する。かつて山城が言った言葉が思考をちらりとかすめた。

 視界を広く、見るとはなしに全体を見ろ。お前はすぐに熱くなって目の前しか見えなくなっちまうんだから。

 集中しろ、阿含は思った。マーキングされ、村の外に逃げていない敵は十人。先程放送で怒鳴っていた男がリーダーの三本腕だろう。一気に統制を取り戻したようだ。

 マーキングのうち動かない点が一つ。阿含の場所から三百メートルくらい離れたひときわ大きい建物の前だ。おそらく三本腕はここにいる。

 点の一つが阿含に近づいてきた。迎撃は容易いが、そうすれば位置がバレて残りの敵があっという間に押し寄せてしまう。それに、こちらを包囲していない残りの敵の動きも気になる。阿含は背後の公民館を見た。公民館は一階の窓が全て割られている。

 公民館の駐車場の鉄柱に付けられたスピーカーから、またもハウリングが起こった。

『お前ら、カラスだ。カラスに気をつけろ。あれは…え? Cの九六モデル……』

 三本腕のガラガラ声が村中に響き渡る。どうやら、誰かと通話しながらマイクを使っているようだ。

『とにかく、カラス型のロボットが俺たちを空から監視してるらしい。見つけたら撃ち落せ。無理なら俺の方に追い込め。村に侵入した敵への警戒を怠るな』

 端的な指示で的確に手下を運用する、嫌なタイプだ。だが、お前の部下はどれだけ優秀かな。

「宮崎」

 阿含はインカムに話しかける。敵に囲まれた状態だ。小声でボソボソと指示を告げる。田村が答えた。

「分かった。すぐにやるから、タイミング合わせろよ」

 上空を旋回していたカラスが滑空し、先程近づいてきていた男めがけて突っ込んだ。

「う、うわ、何だ」

 男の叫び声が聞こえる。同時にアサルトライフルの発射音。すぐに途切れたところを見ると、弾切れか、ジャムを起こしたか。

「カラスだ! カラスがいたぞ、撃て、撃て」

 周辺が騒がしくなる。その隙きに阿含は移動を行い、包囲を抜けた。

 田村の操作するカラス型ドローンは舞い上がり、不意に左に曲がり、直角に落ち、不規則な動きで四方八方から浴びせられる銃弾を交わしていった。

『よーし、来たな』

 スピーカーからそう声が流れ、続いて濁った機械音がした。どうやら三本腕がマイクを投げ捨てた音らしい。

 ドンッ

 一発だけ銃声がした。

 阿含のIOコンタクトに表示されているマーカーがふっと消えた。

「阿含、カラスが撃ち落とされた」

 田村の焦った声がインカムから聞こえる。

「デタラメに動くドローンを? 一発で?」

「鉄の腕だ。あいつ背中から鉄の腕が生えてやがる。それがマグナムを撃ってきたんだ」

「名前の通り三本目の腕ってわけか」

「異様な命中精度だ。もうカラスでのアシストが出来ない。気をつけ――」

 不意に通信が途切れた。

「おい、どうした。宮崎?」

 阿含はインカムのチャンネルを切り替えて、田村と行動をともにする長尾たまきにつないだ。

「たまき、宮崎との通信が切れた。そっちどうなってる」

「――……」

 一瞬通信が入ったが、何も言わずに切れた。

 阿含はインカムで他の仲間に呼びかける。

「こちら阿含、たまきたちとの通信が途切れた。なんかヤバそうだ。おっさんかムーか、行けそうなら援護に向かってくれないか」

 しばしの沈黙の後、通信が入った。

「こちら山城。すまんな、阿含。ちょっと援護には行けそうにない。嬢ちゃんが人質に取られちまってな。俺もなかなかピンチだ」

「こちらムー、現在交戦中だよ。他の連中と違ってこいつ、強いよ!」

 二人からの通信も途切れた。阿含が呼びかけても返信がない。

 リゼが人質に? 一旦戻って山城とリゼの救助に向かうべきか。交戦中ということであれば助ける余地のあるムーを援護し、そこから折り返してリゼたちに向かうべきか。

 たまきたちも同様に新しい敵の攻撃を受けたのか。もう、やられてしまっているのだろうか。まだ死んでいなければ今から向かえば――

 スピーカーからまたノイズがはしり、続いて三本腕の声がした。

『よーし、準備ができたな。まずは西の森だ。撃て!』

 ドゴンッ!!

 鈍い轟音が村内に響いた。キーンと耳鳴りがする。阿含は一瞬硬直したが、すぐに腕をかばいながら身を投げ出し地面に伏せた。爆撃? 違う。なら迫撃砲か? この辺にはマーカーは出していない。それじゃあ……

 膝立ちになり、あたりを見渡した。

 村内をぐるりと逃げ回り、ちょうど小学校の真横に来ていたようだ。金網越しに田舎の学校らしく広い校庭が見える。先だって前を通ったときには大きな防水シートを被せられていたものが姿を表していた。

 それは、戦車だった。

 かつての自衛隊が所有していた10式戦車。縦幅は十メートルくらいだろうか。高さは二メートルをゆうに超える。黒く厳ついボディーから、圧倒的な存在感を示す主砲が伸びている。

 その主砲からは煙が立ち上っている。こいつか。こいつが撃った音だったのか。

 スピーカーから声が響く。

『いいぃぃぃっぃよし!! 最高だ。まだ耳がキーンてなってるぜ。もう一発いってみようか。次はもうちょい左で。弾ァ込めろ!』

 西の森ってことはたまきと宮崎の方だ。迫撃砲を先に潰しに来たか。

 まずいまずいまずい。どうしたら良い。たまきたちのところへ向かおうにもここからだと三十分はかかる。そもそもリゼたちは無事なのか。交戦中のムーからも連絡がない。

 阿含は右肩に担いだアサルトライフルを見る。一か八かこいつで戦車にカチコミをかけて注意を引けば――

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