第27話 静岡農協拡張職員①

「阿含さん!」

 インカムからリゼの声が届く。

「私と山城さんは無事です。捕虜にはなっていますけど、盗賊たちとはグループが違うみたいで、こうして通話もさせてくれました。きっと、たまきさんたちやムーさんも無事です。だから阿含さんはそちらに集中して……ちゃっちゃとやっつけちゃってください」

「……あー、了解」

 阿含が応える。

「リゼ……」

「はい?」

「ありがとう」

 阿含は通信を切った。

 ドゴンッ!!

 再度戦車の主砲が発射された。

 阿含の心臓が高鳴ったが、意識的に大きく息を吐く。随分と、体がこわばっていたみたいだ。

 皆それぞれの持場があり、役割がある。あまり柄ではないが、仲間を信じて自分のやれることをやろう。

 阿含の今の役割。すなわち、三本腕を、殺す。

 阿含はジャケットのポケットを探った。前情報通りなら三本腕は相当腕が立つ。それに戦車を潰すのは無理でも、何か撹乱できるものがあれば……よし。


 森の中でリゼはHBに触って通信を切った。彼女の後ろには迷彩柄の軍服を着たがっしりとした男が立ち、抜身のナイフを持っている。

 五メートルほど離れた場所で、山城は膝を付き、両手を上げていた。足元には彼のライフルが置かれている。

 リゼの後ろの男と同じく迷彩柄の軍服を着た金髪の白人女が、山城の頭に拳銃を突きつけている。

 リゼが山城の方を見た。

「通信、終わりました。阿含さん大丈夫そうです」

 山城がいつもと変わらない声で応える。

「いやあ良かったよ。あいつ結構真面目な所あるからさ、仲間がピンチだと気が散っちゃうんだよね。俺も焦って混乱させるようなこと言っちゃったし」

 迷彩柄の二人は何も言わない。

「山城さん、ごめんなさい。この人達、全然姿が見えなくて、急に現れて」

「まあその辺は仕方ないよ。そのへんの盗賊と違って、プロ中のプロって感じだもの」

「日本の藪っていうのは、どうしてこうも歩きにくいかね」

 男が一人、山の中を革靴で不慣れに歩きながら近づいてきた。灰色のスーツを着ているようだが、リゼの位置からは逆光になって顔が見えない。かすかに発音に訛りがある。日本人ではなさそうだ。

「サー」

 リゼの後ろの男が短く言った。

「通信をさせていたのか」

「はい。申し訳ありません。……それが、この男が大人しく武器を手放す条件でしたので」

 軍服の男が山城を見る。

「そこまで警戒する相手かね」

「かつての四軍では有名でしたから。雨天でも一キロ先のターゲットの眉間を打つ男として」

 山城は下を向いたまま、苦笑いするかのように口の端を上げた。

「お仲間さんだったかな。どうりで気配がしないわけだ」

 山城の言葉に男は応えない。

「旦那、熊谷の野郎はこの男を何て説明してたんだい?」

 山城の後ろにいた女が品のない英語で尋ねた。

 軍服の男熊谷の説明を、新たに来たスーツの男は完璧なイギリス上流階級英語(ルビ:キングズイングリッシュ)で繰り返した。話しながら女の方へ近づいていく。

「へ、このおっさんがね。そんな大層な男には見えないけどね」

「エイミー、人は見た目だけでは判断出来ないよ。武器商人として世界中の人間を見てきたが、人を見る目というのはなかなか難しい」

「アッチの方は、全然ダメそうだけどな」

 下品な軽口を叩きながらも、彼女に油断はない。山城が不意に動こうとすれば、即座に拳銃で頭を撃ち抜くだろう。

 山城の目に高そうな革靴が見えた。山城はゆっくりと顔を上げる。男と目があった。三十代後半くらいか。日本人ではない。あごひげを生やした堀の深い顔立ちに、黒人とは違う褐色の肌。

「……リゼちゃんの、親戚かな?」

「兄さん!」

 リゼが英語で言った。

「どうして日本に? それに私達を拘束するなんて。盗賊たちのところにいたみたいだけど、あそこには日本の首相がいるの。もう会った?」

「久しぶりに会ったが、人を質問攻めにする癖は変わってないな。でも、随分美人に成長したじゃないか。こんな場所でなければ、ゆっくり紅茶でも飲んでお前の話を聞きたいところだよ。そうだ、たまには実家に顔を出せ。前に帰ったら、母さんがヴァーチャルチャットばかりでちっとも顔を見せないと嘆いていたぞ」

 男の左手にはリゼと同じように白い金属製の腕輪、HBがつけられていた。

「あー、そのー、すみません」

 下手くそな英語が二人の会話に挟まった。山城だ。

「お話途中ですみません。私の、仲間、大丈夫ですか?」

 たまきや阿含達若い世代と違って、山城は英語や中国語があまり得意ではなかった。

「失礼、説明します」

 男が日本語に切り替えて言った。

「私はパドル・ジャウハリー。そこのリゼの兄です。武器商人でして、天ヶ峰村の三本腕氏との取引にやってきました。交渉の最後にあなた方が攻めていらしたので、サービスで村外の勢力を一時的に無効化することを提案したのです」

 パドルはあごひげを触ってニヤリと笑った。

「どうかご安心を。殺すようには命じていません。熊谷!」

「サー」

 リゼの後ろの熊谷が硬い口調で応えた。

「他の二人に連絡をして、現状を報告するように言いなさい」

 熊谷はナイフをしまうと、端末を取り出した。

「こちら熊谷、……各自状況を、日本語で報告せよ」

 そう言うと端末の音量を最大にして山城の方へ突き出した。

「こちらドギーバッグ。村の西側の制圧は終了しました。現在は目標が使っていた軽トラックに乗ってパドル様のいる村の南側へ向かっています。目標二人のうち男の方は不意打ちで薬を打ったので、まだ寝ています。女の方は拘束して荷台に載せてあります。迫撃砲の移動は間に合いませんでした。戦車の砲撃の位置からして破壊されていると思います」

 長尾と田村は、とりあえず無事であるようだ。リゼは胸をなでおろした。

 ドギーバッグと名乗った男の発音はなめらかであったが、どこか機械的で不自然だった。おそらくHBの機能の一つ、多言語拡張を使っているのだろう。ただHBは非常に高価な機器だ。彼が使っているのは海賊版の方かもしれない。

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