第24話 天ヶ峰村死闘②

 阿含が山中の木々に隠れながら単独で村に入り、位置を変えつつ暴れまわる。山城とリゼは村に入らず、山に留まって村から逃げてくる山賊を射撃。北側の入口付近には農協の陽気なネパール人、ムーが待機し、山城と同様に村から出た盗賊を撃つ。長尾・田村ペアが村の西側一キロ程度、曲がりくねった山道から阿含を援護する布陣となっている。

 阿含は山中を抜けて村の中に入った。早朝をやや過ぎた時間。見張りはいるが、盗賊たちはまだ本格的に活動を開始していない。

 阿含は背中を丸めて猫のように走った。家の陰や大木の裏。あるいは生い茂る雑草に身をかがめて。音を立てず、目立たず、そして素早く。

 夜に暖を取るためだろう、タイヤが集められて燃やされていた。ゴムの焦げた匂いが鼻を突く。阿含の上には、一羽のカラスが旋回して飛んでいる。

 リゼが入手した衛星写真によると、大塩元首相は村北東の大きな屋敷にいるらしい。つまり、そこは攻撃してはいけない。

 阿含は走りながらマーカーを投げる。十センチほどの丸い灰色のプラスチックだ。厚さも少しある。それを大きめの民家の玄関や、商店の入り口に投げた。阿含が持ってきたマーカーは全部で六つ。敵が多く寝起きしている南側に五つ設置したので、北側の適当なところに残りを設置すれば準備完了だ。

 身を低くして学校の横を通り抜けようとした時、異様なものがグラウンドに置かれているのを見かけた。かなり大きい。トラックくらいのサイズはありそうだ。緑色の防水シートがかけられているため、それが何かはわからないが、学校のグラウンドに置かれるようなものではなさそうだ。

 阿含は一瞬足を止めたが、学校を通り過ぎて北側の公民館の前に来た。今回の作戦はスピード重視だ。塀に身を寄せるようにして片膝をつき、上がりつつある息を鎮める。

 詳細な現在位置を確認しようとして端末に目を落とした時、真後ろの民家のドアが開いた。

「あーん、誰だおめえ」

 腹の出た男が民家から出てきた。素肌に革ジャンをまとい、ボロボロのジーンズを履いている。ジーンズは一番上のホックが外され、拳銃が無造作に突っ込まれていた。

 男は眠そうにしていたが、阿含が肩から下げたアサルトライフルに目を留めると、すぐに拳銃を引き抜く。

「てめえ、動くんじゃ―─」

 タタタッ

 男の胸にアサルトライフルを撃ち込んでから、しまったナイフを投げればよかったか、と阿含は思った。

 あるいは山の麓でチンピラにやったように会話で間をつないで接近すれば……

 いや、銃声は鳴り響いてしまった。考えている時間はない。

「たまき!」

 左耳のインカムに話しかける。一瞬の沈黙の後、インカムから声が返ってきた。

「こちら長尾。どうした?」

「悪い、しくった。銃撃って俺がいるのがバレちまった」

「はあ!? 怪我は?」

「大丈夫。撃たれる前に撃った。今学校から北に二百メートルくらい。それと、校庭にカバーで覆われたデカイ何かがあった」

「何かって?」

「分からん。トラックぐらいありそうだったけど中身は不明。とりあえず注意だけしておいてくれ。ちょっと早いけど、作戦を開始する」

 銃声がしたため、村がにわかに騒がしくなってきた。男が一人、十字路の先の建物の陰から出てきた。

 阿含は片膝立ちになって銃のストックを右肩に当て、しっかりと構えた上で引き金を引いた。男が倒れる。

「宮崎、カラスのサーチアイを起動してくれ。たまき、まずは二番と四番」

「「了解!」」

 二人が返事をする。

「て、敵だー、敵がいるぞ!! 北側だ、学校の向こうだ!!」 

 村から声が上がる。インカムから長尾の声が聞こえる。

「三、二、一」

 村の南側で爆発が起こった。

 銃声とは比べ物にならない轟音が響き、ビリビリとした空気の揺れを顔で感じることができる。阿含は腰を落として移動しながらインカムに話しかけた。

「着弾確認」

「OK。一分後に四番に発射する」

 村の西側の山、その山道に一台の軽トラが止まっている。

 長尾たまきと田村宮崎はそこに陣取り、阿含の補助を担当していた。

 長尾が無骨な迫撃砲に次弾を装填する。その迫撃砲は、従来の長筒に三脚がついただけのものよりずっと大きかった。厄災の直後、米軍が駐屯地から持ち出した、当時としては最新式の迫撃砲である。複雑にパイプや金属部品が組み合わさった台座の部分だけで長尾の腰のあたりまでの高さがあり、そこからさらに一メートルほどの砲身が伸びている。

 大きな耳あてを付けた長尾は、端末上で④と書かれた数字をタッチした。

 迫撃砲が自動で筒の位置を調整する。長尾がインカムにささやく。

「次弾発射」

 シュポッ

 小気味良い音がして榴弾が打ち出された。

 榴弾は村の南側の民家に落下し、爆発を起こした。地響きとともに扉が吹き飛び、窓ガラスが粉々に砕け散る。村から離れた長尾の耳にも爆音が届いた。

 長尾の横で田村が小型のモニターを見ていた。モニターの左右から小さい操作スティックが伸びており、そこに左右それぞれの親指を載せてカラス型ドローンを操作している。ドローンは阿含の上空を旋回し、阿含以外の人間を見つけた場合、サーチアイで捉えてデータを阿含の右目のIOコンタクトに送る。

 阿含は生け垣越しに民家の庭に銃を撃ち込み、爆発に驚いて飛び出た盗賊を殺した。インカムに長尾の声が入る。

「村の北側って全然マーカー置いてないでしょ。ムーがちょっと出張って置いてくれるって」

 インカムにムーの声が響く。

「アゴン、大丈夫。今七番のマーキングした。みんなで協力して、あいつらやっつけよう」

「ありがとうムー。作戦が終わったら、皆で寿司パーティーやろうぜ。ムー寿司好きだろ」

「アゴン、それあれだ。前教えてくれたデスフラッグ。死ぬやつ」

 田村が笑った。

「ろくでもない事しか教えてねえな」

「全員、作戦中だよ。ぴりっとしな」

 長尾のげきが飛ぶ。これだけ大掛かりな作戦は久しぶりだ。集中しないと誰かが死ぬ恐れがある。

 家の陰から頭を出すと、二人の盗賊が大声を上げながら拳銃を撃ってきた。慌てて首を引っ込める。

 何発かは家の壁に当たり、残りの銃弾が目の前を通過した。背筋に冷たいものが走り、金玉がすくみ上がる。怖い。阿含は思った。認めよう、たしかに俺はビビってる。

 浅く息を吸って、吐く。だけど、戦場じゃビビリで準備周到な方が勝つんだぜ。

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