第23話 天ヶ峰村死闘①

「磁気嵐、ですか。噂は聞いています。厄災の時に日本中で計測された現象ですよね。今もまだあちこちで起きていると聞いています」

「まあ、月に一、二度くらいだね。静岡のようにある程度人の営みがやっていけるところはどこも観測所を立ててる。天気みたいに予測するのさ。磁気の狂い、放射線の高まり、気圧…そういったもんを古いスパコンに入れて計算すると、そこそこましな精度で磁気嵐の予測がつくらしい」

「嵐の間は頑丈な建物の中に居れば良いと言われていますが」

「ああ、それでいい。磁気嵐の間だけは賊も農協もない。皆家の中に入ってじっとしているのさ」

 中森は言葉を切って新しいタバコを取り出すと、なめらかな動きで火を付けた。肺いっぱいに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「……あれは、異常だ。磁気嵐と言ったって、ただ地場が乱れるだけじゃない。人も、動物も、外にいて嵐にさらされた連中の命を奪う。生き残っても心か身体がおかしくなっちまう」

 リゼは山で見たイノシシを思い出した。

「そういうわけで出発は三日後だ。今日明日はしっかり備えて休むも良し。軽めの依頼をこなすも良し。ゆっくり過ごしな」

「よろしくお願いします」「了解」「はいよー」

 それぞれバラバラに返事をして立ち上がる。

 阿含がリゼの方を向いた。

「俺ら飯食いに行くけど、リゼはどうする?」

「せっかくのお申し出ですけど、人と会う約束がありまして」

 山城がニヤニヤする。

「振られてやんの、ぷぷぷ」

 トアも笑いながら書類をクリアファイルにしまう。

「しょうがないっすね、非モテ二人は。あと一時間したら上がりっすから、トアさんが慰めてやるっす。そして今日は飲むっす」

 リゼが斜めがけのカバンに契約書の控えをしまった。

「その、レイジードッグに呼ばれていまして」

 農協御用達のジャンクショップだ。

「茜のところに?」

 阿含が意外そうな声を出す。

「おっとー、あたし今日用事あるんだった。ドラマの最終回観なくちゃ」

 トアが言った。山城が訳知り顔で頷く。

「気をつけろよー、リゼちゃん。何せ茜ちゃんは阿含の――」

「おっさん!」

 阿含が大きな声を出した。

「とっとと帰ろうぜ。バックアップは長尾・田村組に頼むから、連絡しておきたい。襲撃の三人目はムーが多分暇してるから、そっちは声かけておいて。リゼは、店の場所分かるよな」

「え、ええ。分かります」

 阿含は頷くと背嚢を担いだ。

「ならいい。それじゃ、お疲れさん」

 山城の方を振り返りもせず歩き出す。

 山城はリゼの顔を見て、器用に左眉だけ上げてみせた。

「それじゃ皆さん、お先に失礼」

「お疲れ様です」

 ふっ。中森が笑ってタバコの灰を灰皿に落とした。

「いいねえ、若いって」


 阿含、山城、リゼの三人は賊がねぐらにしているという天ヶ峰村の学校から一キロ程度のところに来ていた。村は厄災後に遺棄され、現在は三本腕の盗賊一味しかいないとされている。県道が村を南北に串刺しにするように伸びており、三人は南側の入口付近にいる。

 道路の左手側は山になっており、かつては落石防止にコンクリートで山肌を固めていた。厄災後、何度か山崩れがあったためか、土砂がコンクリートの壁を飲み込み、道路の半ばまでもが土と同化していた。

 リゼがあたりを見渡す。右手は十メートルくらいの崖で、ぼろぼろになったガードレールを越えれば川に真っ逆さまだ。左手は木々が鬱蒼と茂る山のため、北にある天ヶ峰村に行くにはこの道を真っ直ぐに進む必要がある。

 阿含は大股で道路のひび割れをよけた。

「めっちゃ道荒れてるけど、たまきたち大丈夫かな」

「まあ、大丈夫だろ。駄目なら連絡するだろうし」

 報連相くらい盗賊でもできるしな、山城が付け加えた。阿含は頷くと、左手の山を見た。

「この辺だな」

「ですか」

 リゼが言った。

 ほぼ垂直の二メートルほどの崖をスルスルと登って、阿含と山城は山に入った。リゼも二人の手を借りながら苦労して山に入った。リゼは木に手をついて荒い息を吐きながら、先程まで歩いていた道路を見下ろす。

「それじゃバッグは頼むわ」

「おう。忘れ物ないようにな」

 阿含が山城に背嚢を渡し、森の奥へと消えていった。

「阿含さん一人で大丈夫でしょうか」

 リゼが言う。

「さあて、今回の作戦は性質上、村の中にいるのは一人じゃないと危ないからねえ。何だ、心配してるの」

「も、もちろんです。その、依頼人として、義務がありますから」

 どんな義務だよと山城は思ったが、口にしなかった。ガムを一つ食べる。若いコとの甘酸っぱい会話を楽しみたい気持ちはあるものの、少なくとも今はその時ではないと分かっていた。代わりにこう言った。

「大丈夫だよ。あいつは俺が鍛えた農協のエースだからね」

「時々抜けてることありますけどね」

 二人は少し笑った。リゼの肩の力も抜けたようだ。

 浜松の武器庫の中を検討し、阿含たちが立てた今回の盗賊攻略戦の概要は単純であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る