第16話 シズオカ・シティブルース①

 罠の見回りを終えて島田村で一泊した翌日、三人は静岡農協にいた。山城はリーダーとして業務の報告。阿含は賞金首討伐の報酬(協議の末、分前は阿含が七で山城が三)、リゼは取材と自己紹介をするため、とそれぞれの理由で来ていたのだが、三人はカウンターの前で待たされていた。

 受付嬢のトアと農協部長の中森が電話にかかりきりのためだ。

「静岡農協です。はい。急なんですけど、明日のご予定は……あー、そうですよね」

「分かってる、今回の件はうちのバカのやらかしだよ。ああ、ああ。罰則金と慰謝料はとりあえず静岡農協が一時的に払うから。向こうが暗号通貨がいいって? 分かった。それでいいよ」

 今日も白いスーツを着ている中森が、阿含たちの方を見て待たせて悪いとジェスチャーをする。

「やっぱり農協ってすごく忙しいんですね」

「いや、いつもはこんなじゃないけど」

 山城があごに手を当てて言う。

「どうも、拡張職員の誰かがやらかしたっぽいな」

 三人が話しているうちにトアと中森はそれぞれの電話を終えた。

「部長、だめです。皆さん明日急には難しいと」

「そうかい、困ったねえ」

 トアが三人に体を向ける。ベトナム人の彼女は今日もアオザイを着ているが、胸元の刺繍が前回と違って荒々しいパンダになっていた。

「あ、山城さん。阿含さん。それと……」

 リゼが自己紹介をした。

「リゼさん。農協受付のトアっす。よろしくおねがいするっす。みなさん今日は業務報告ですか」

 山城が答える。

「電子報告でも良かったんだけど、二人が行くって言うからついでにね。間が悪い時に着ちゃったかな」

「いや、むしろちょうど良かったよ」

 白いスーツを着た中森が苦々しく笑う。

「宮崎坊やがおイたをしちゃってねえ」

 中森が事の経緯を話し始めた。

 昨日の晩に居酒屋で田村宮崎と友人たちが飲んでいたところ、隣のテーブルの男たちと口論になり、殴り合いに。宮崎は実質的に一人で三人を相手取る大立ち回りを演じたという。

 相手の一人は肋骨を踏み抜かれ、さらに右の眼底を骨折する重症だという。

「おー、宮崎もやるじゃん。大したもんだよ」

 阿含が言った。

 今の日本ではこれくらい大した問題ではない。基本的には。

「問題は相手が県軍だったってことだねえ。まあ末端の人間みたいだけど」

 農協と県軍はどちらも仕事場が市の郊外ということもあり、微妙な距離感を取り合っている。はっきり言えば仲が悪かった。

 県軍は、今回の喧嘩を暴行事件として正式に静岡市警察に届け出た。警察は田村を逮捕。現在は静岡市警に勾留され、明日に簡易裁判が開かれる。

「いつになく素早い展開だねえ」

 山城のつぶやきに中森が答えた。

「おそらく県軍が圧力をかけたんだろ。三権分立なんてものがなくなって久しいからねえ」

「しかし分かんねえな」

 阿含が言った。

「軍人が農協にボコされるなんてどう考えても情けない話なのに、わざわざ警察に言いつけてことを大きくするなんて、全然県軍らしくないんじゃねえの」

「そのことについては、県軍の上の方が代わったって前に聞きましたので、それが関係してそうっすね」

 トアが言った。

「今まではマッチョが売りのゴリゴリの保守思想だったみたいですけど、その新しい人がかなりやり手みたいで、県軍の雰囲気も随分変わってきたとか」

 阿含と顔を見合わせた後に、山城が言った。

「そういうのってどこで聞くの?」

「ああー、まあ、走り屋仲間に県軍の人が結構いるのでその人達から」

 静岡県ではしばしば賞金付きのレースが開催される。参加するのは一部の好事家か、県軍の幹部、そして県内の金持ちの息子たちである。

 トアはそんな中にあって数少ない女性ドライバーであり、運転の腕も最上位のためファンも多いのだとか。

 中森が少し大きな声を出した。

「と、に、か、く、現状どうしても我々は受け身にならざるを得ない。とりあえず分かっている範囲で明日からの動きを考えていくんだけど……」


「なるほど。そういう流れだったんですね」

 リゼが阿含に言った。二人は静岡農協や総合病院が並ぶ通りを歩いている。辺りには屋台や露天商が並び、それぞれの商品を喧伝したり客と値引きの交渉をしたりして活気づいていた。殺気立った静岡農協では色々と質問ができなかったため、落ち着いた場所で話をしたいとリゼが言ったため、ホテルのロビーへ向かうところだ。

「それで今日これから宮崎さんをお迎えに行くとお話されていましたよね」

「ああ。裁判は明日になるけど、拘置所がいっぱいだからとっとと引き取って欲しいって警察から連絡があったらしい」

「明日の裁判にも立ち会われるんですよね」

「仮釈放中の人間は、裁判当日に身元引受人の付添のもと裁判所へ出頭するようにって決まりだから、ついでに裁判も立ち会っていけって中森のばあさんが。面倒くさいけど」

 ホテルに着いた。ドアマンなどという洒落た者はいないため、阿含は重たいガラス戸を押した。リゼが受付で二言三言話すと、受付の女がサービスのお湯と急須を持ってくる。受付の後ろの箱に収められた茶葉は有料だが、リゼは気前よく一番高いものを選んだ。

「裁判はどういうふうに行われるんですか?」

「殺人とか強盗致傷とかの重たい事件だと、厄災前から弁護士してたっていう爺さん二人と、台湾から亡命してきた女の検事が立ち会って、一応裁判の形式を取る。今回みたいに軽微な罪なら、そのうちの一人と新人の裁判官候補とかが立ち会って即日に判決を決めるかな」

 とはいえ逮捕の翌日に即裁判というのも、保釈が認められるのも異例だ。

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