第2話 霊になっても想うもの
「そんじゃ失礼かもしれませんけど、聞いていいですか」
「なんでしょう?」
ほわわ、と彼女は嬉しげに笑った。そんな笑顔ができるのに、いったいどんな想いに捕らわれて成仏できないんだろう。
「こんな所にいるんだから、事故だったんですか」
「私の死因ですか? はい、信号無視した高齢者運転の車に突っ込まれまして。お恥ずかしい」
「いや恥ずかしくないでしょ?」
恥じ入るべきは加害者の方な。
「ああ、そうですね」
テヘペロ、な感じで彼女は舌を出す。俺より少し年上だと思うけど愛嬌たっぷりだ。恨みがましい雰囲気は微塵もなかった。
「――何かやり残したことでも?」
「うーん、でなきゃこんなことになってないとは思うんですけど……」
「え、わかんないの?」
困った顔で小さく首を傾げる彼女は考えながら言う。
「私、バレエ教室の先生だったんです。子どもたちは可愛かったけど、将来のプリマに育てたい子とかいなかったし。自分がなるのもとっくに諦めてたし」
「はあ」
「好きな人も、結婚の予定とかもなかったし」
「へえ」
「私を跳ね飛ばした人も、すぐボケちゃったそうですし」
「そんなんなるまで運転すんな」
ふふふ、と彼女は軽やかに笑う。
「だから別に、こうしたかったって強く思ってることなんか、ないはずなんです」
「……でも、幽霊になってるんですね」
ふわ、と彼女は斜めに腕をのべ、ポーズをとってみせた。『ジゼル』です、とお茶目に言う。村娘ジゼルが恋人アルブレヒトの嘘を知り、死んでしまう話だそうだ。
「何すか、そのクソ男」
「身分違いの恋なんです。ジゼルは
彼女は楽しげだ。バッグを置くと、軽くそのジゼルのバリエーションというのを踊ってくれた。綺麗だった。
「――私もジゼルみたいに何かを想ってるんでしょうか」
「え、まさか恋愛したかった?」
踊るのをやめた彼女はきょとんとする。恋に恋して幽霊に。そんな事ってあるのか。
「ええ……そこまで欲求不満だったのかな、私」
「いやいやいや」
その言い方やめよう。それ、肉体がないと解消できない系の欲望っぽく聞こえるから。
「えーっと、じゃあ死んじゃう瞬間は何を考えました?」
「――このまま異世界転生とかしちゃうのかなって」
照れくさそうに言う。ははあ、流行りのね。でもそうはいかず、幽霊になっちゃったと。彼女はすがるように俺を見た。
「トラックじゃなかったから、だめだったんでしょうか?」
「それが王道ですけど……そういうの、読んでたんだ」
俺が苦笑すると、彼女は地面に置いていたバッグから文庫本を取り出した。ああ、女性向けのラノベ。
俺なんかは異世界転生したら魔王を倒さなきゃと考えるけど、彼女が見せてくれたのは現代知識を活かして薬師になってモフモフスローライフなやつだ。読んだことなくてもタイトル見りゃわかるから便利だな。
「こんな、異世界モフモフしたかったですか」
「んーまあ、できたら面白そうじゃないですか。いろんなパターンがありますけど」
彼女は楽しげに笑う。
そうだなこの人なら、貴族に転生してもダンスが上手で社交界で成功するかもしれない。冒険者ギルドに登録したなら、舞うように戦う剣士として名を馳せるだろうか。湖畔で踊る姿を竜が見そめて加護を与えるだろうし、この笑顔で冷徹無骨な辺境伯はイチコロなんだ。
そんな人生も、あったかもしれない。
「だけど、異世界なんかに行っても過酷なだけかもしれませんよ」
「……そうでしょうか」
「経験者が言うんだから、間違いないです」
俺がさらりと言うと、彼女は一瞬動きを停めた。
「……行ったんですか?」
「行って帰ってきたんで、異世界転移の方ですけどね。勇者とか言われてクソみたいな世界で戦って、魔王倒したらハイさよならですよ? 女神の方が魔王よりよっぽど悪どいでしょ。まああんな所にいたくなかったからいいんですけど。姫は年増だし王も魔道師も高慢チキだし飯はマズイし。あ、これだけは言っときます、現代文明最高だから」
「は、はあ。大変だったんですね……」
信じる? 信じるんだ、この人。素直というか、ぼんやりというか。俺、すごい与太飛ばしてる自覚あるよ? 続けるけど。
「そんな経験のせいですね、あなたみたいな人が見えちゃうの」
「へえ、それチートの一種なんですか」
目を丸くしてワクワクする彼女。異世界なんて諦めて成仏させるには、クギ刺しておかないと。
「見えない方がいいです。あなたみたいな綺麗な状態の幽霊ばかりとは限らないんで」
「ひッ……」
そんなに怯えるか。幽霊のくせに幽霊を怖がるなよ。青ざめる幽霊なんて珍しいものが見られて、俺はちょっとお得な気分だった。
「だからチートとかなく、普通の輪廻で転生すればいいんじゃないですか」
「あ……異世界じゃなく、普通に生まれ変わる方」
「そう、そっち」
……そっちもこっちもない。考えてみりゃ日本人って昔から転生してるんだな。だからさ、変な夢見ないで成仏しよ?
「あ、でも」
「何?」
彼女は少し眉を寄せた。心残りを思い出したのだろうか。
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