打ち付ける楔

 夕飯を済ませた後、部屋に俺はすぐ逃げ込んだ……いや、逃げ込んだというのは違うか……ちょっと逃げちゃった……何も間違ってねえや。


「……ふぅ」


 俺はそっと自身の唇に手を置いた。

 ここに涼香の唇が触れた……そのことがずっと頭から離れず、事情を知らない由愛はずっと不思議そうに俺を見ていた……心配させていたようだし、彼女には悪いことをしてしまったな。


「……はぁ」


 キスをした……だというのに、俺と涼香はその後いつも通りだった。

 一緒に住むようになった時から変わらない様子を見せてくれるのは安心だけど、キスという行為はあまりにも大きなもので……気にならない方が無理という話だ。


「……はぁ」


 あかん……ため息が止まらない。

 それでも涼香を前にすればそこそこいつも通りになれるし、彼女がさっきも言ったがいつも通りだからこそパニックになったりはしなかった。

 そんな風にベッドの上で枕を抱えているとノックの音が聞こえた。


「お兄ちゃん、入っていい?」

「いいよ」


 声の主は由愛だ。

 部屋に入った彼女はベッドの上で座り込む俺を見て目を丸くし、どうしたのと言ってすぐに傍に近寄ってきた。

 とはいえ、そうして彼女が思い出すのはさっきまでの俺だろう。


「やっぱり何かあったよね?」

「……………」


 これ……相談を受けてもらった方が良いかもな。

 俺はそう思い、由愛に話を聞いてもらうことにした――涼香とキスをしたこと、それを伝えると果たしてどうなるか……怖かったけどとにかく話を聞いてもらいたいという気持ちが強かったんだ。


「……へぇ、そうなんだ」


 由愛は興味深そうに頷いた。

 決して怒ったりもせず、軽蔑するような表情にもならず、ただただ淡々と彼女は呟き俺を見つめた。


「……突然だったんだ」

「だろうね。だってお兄ちゃんとお姉ちゃんは付き合ってないもんね」

「そうだな……まあ付き合ってなくてもキスする人は居るだろうけど、それでも流石になぁ」

「うんうん分かるよお兄ちゃん。突然のことでびっくりしたんだよね」


 よしよしと由愛に頭を撫でられた時に俺はまさかと考えたことがある。

 もしかして由愛って前世で俺の母親だったりする……? まあ冗談は置いておくとして、今の状況においてこんな風に言われるのはありがたかった。

 安心の息を吐き、落ち着かせてありがとうと口にしようとして……チュッとリップ音を立てるように、由愛が俺の唇にキスを落としていた。


「……っ!?」

「……ふふっ♪」


 ……あれ? 何でキス……された?

 涼香にキスされてしまったことを相談していたら、今度は訳も分からないままに由愛にもキスをされて……え?

 呆然とする俺の頬に由愛は手を当てた。


「お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと……大事なんだよね?」

「……それはもちろんだ。由愛のことも大切だぞ?」

「っ……ありがとうお兄ちゃん。ならさぁ……もっと親しくなろうよ」

「親しく……?」


 由愛は頷く。


「私たちは家族……ずっとずっと一緒に居る家族だよね? この関係性がどんなものになったとしても、私とお姉ちゃんとお兄ちゃんは何があっても一緒に居られると思うんだぁ♪」

「……………」

「難しいことはもっと大人になって考えても良いと思うけど……ふふっ! ねえお兄ちゃん? 前に恋人が出来た時の予行練習はどうかなって言ったじゃん?」


 俺は頷く……それしか出来なかった。


「お兄ちゃんはさぁ……お姉ちゃんと私をどう思ってるの?」

「それは……」

「心のどこかで欲しいって思ってるんじゃない?」

「っ!?」


 それは……。

 まるで心の内側を見透かされたかのように俺はドキッとした。

 欲しい……別に彼女たちを物のように考えているわけではなく、どこまで行っても大切な家族だと考えているのはもちろんだ。

 しかし……心のどこかで容易く心の内側に入り込んできた彼女たちを特別に思ったのも間違いではないんだ。


「私……受け止めてあげるよ?」

「……え?」

「どんなことだって受け止めてあげる……だからさぁお兄ちゃん――少しだけ次のステップに進んでみようよ」

「お、おい!」


 俺は慌てたように声を上げた。

 何故なら目の前で由愛がパジャマを脱ぎ始めたから……ブラを着けていないからこそ全てが露になっていた。

 クスッと笑った由愛が体を揺らすと、豊満な二つの膨らみが揺れる。


「ほら……触ってみて」

「馬鹿を言うな……だって由愛は――」

「これは練習だよお兄ちゃん」


 甘い言葉が刺激となって頭に襲い掛かる。

 いつかのように耳元から脳に侵入する甘い媚薬のように、容赦なく由愛に対して興奮を抱かせてくるのだ。


「……………」


 そっと手を伸ばす。

 手が伸びる先は由愛の豊満な胸元……男子高校生ならば、触れたいと一度は考えてしまう魔の聖域……俺は確かに自分の意思で、その柔らかい物体に触れた。


「ぅん……っ♪」


 悩まし気な声と共に体をビクンと震わせた由愛はトンと俺を押す。

 抵抗することなく押し倒されたことで、由愛は俺の上に跨り……そして唇をペロッと舐めてこう言った。


「捕まえたよお兄ちゃん――お兄ちゃんはね? もう逃げられないんだよ。私からもお姉ちゃんからも逃げられないの」


 その後、特に何もなかった。

 由愛はすぐに服を着て俺の隣に横になり眠ってしまったからだ……でも、今回のことは確かに俺の心に楔を打ち付けたようにも思える。

 彼女たちを大切にする心はより堅牢となり、彼女たちを欲する僅かな心は肥大し、そうして俺の心境は新たな境地へと至った……至ってしまったのである。

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