キス

『お兄ちゃんにお姉ちゃんも。今日は部活ないから一緒に帰ろ?』


 終礼が終わった後、俺はその約束のために涼香と教室を出た。

 何でもバスケ部の先生が休みとかで、急遽部活が休みなったらしい……いつもなら先生が居なくても練習はするみたいだが、最近休みなしが続いていたようでせっかくだから休みを取ることにしたようだ。


「どこかに寄りますか?」

「あぁ……どっちでも良いよ任せる」

「では喫茶店にでも行きましょうか」

「分かった……っと、ごめんちょっとトイレ」

「はい。由愛は下駄箱に居ると思いますのでそこで待ってますね」

「了解」


 涼香と別れてトイレに向かい、出来るだけ早く済ませるために力を込める。

 ……いや、トイレくらいは落ち着いてするべきだよなぁ……ということで、気を抜きながらしようじゃないか。


「……ま、分かってんだけどな」


 こうして彼女たちと別れた時……主に放課後だが良く声をあの子たちは掛けられている。

 由愛からは本人から聞くだけだが、涼香に至っては最近特に多い。

 それこそ彼女が家族である俺を誘って帰ろうとしても、問答無用で涼香を引き留めて放課後を一緒に過ごそうとしてくるほどだ。


「……本人は嫌がってるだろ。それなのに――」


 それでもなお声を掛けられるしつこさを別のことに発揮すれば良いのにと思う。

 けど……それ以上に俺は彼らが上手く行かないことにほくそ笑んでいた……人の失敗を笑うのはいけないことだと分かっているのに、ざまあみろと思えてしまうんだ。

 トイレを済ませた俺はすぐに下駄箱へ向かう――そして案の定、涼香と由愛がおそらく先輩と思われる男子に声を掛けられていた。


「……やっぱりこうなるんだよな」


 こうなってくると、米沢は俺に文句を言うだけで涼香には声を掛けていない。

 その辺りは迷惑になることを分かっているんだと思うし、そこだけならあいつの方がまだ遥かにマシだ。


『彼女たちを守るんだろう? 家族として……でも本当にそれだけか?』


 ……何が言いたいんだ?


『守るだけ……心も体も全部、欲しいだなんて思ってないのか?』


 ……だから何が言いたい?

 俺……こんな風に頭の中で問いかけられる言葉……正直、俺の頭の中で反復する言葉である以上、こいつは俺の中に抱く欲望が勝手に言わせている言葉だ。

 ……認めよう。

 俺は確かに彼女たちのことを大切に思うと同時に、心の片隅で良いように思われたいと考えている……それは確かなんだ。


(ま、それもまた一つの欲望として受け止めることにするさ。俺はとにかく、あの二人を守れればそれで良いんだ)


 頭に響く声に決別し、俺は二人の元へと向かう――しかし、まさかの展開が俺を待っていた。


「すみませんが、一切興味がありません」

「お姉ちゃんもこう言ってるし諦めてくれませんかぁ?」


 この言い方だとどうやらあの先輩の狙いは涼香みたいだ。

 ここまでは別にまさかの展開というわけでもない……俺は涼香の浮かべる表情と先輩を睨みつけるその目がいつもと違うと思ったんだ。


「っ……ちょっとだけだって。それなら全然良いだろ?」

「いい加減にしてください――これ以上呼び止めるならこちらにも考えがありますけどどうしますか?」


 ……あれは本当に涼香なのか?

 ふとした時に怖がってしまう彼女とも、定期的に甘えてくる彼女とも……全然違うその強い姿に、俺は一瞬だけ彼女が涼香なのかと分からなくなってしまった。

 近付くな――そんな言葉を瞳に乗せたかのような涼香の様子に、先輩男子は怖気付くかのように去って行った。


「……っと、俺が圧倒されてどうするんだよ」


 そう呟きつつ、二人の元へ向かう。


「あ、湊君」

「お兄ちゃん!」


 先程あったことがなかったかのように、三人で並び帰路につく。

 もちろん会話は途切れることなく楽しい時間だったのだが、俺は涼香が気にしていないようであればそれでいいかなと思うことにした。

 ただ……やっぱり気になったので彼女の部屋へ向かうことに。


「涼香、入っても良いか?」

「大丈夫ですよ?」


 許可をもらったので中に入る……しかし、彼女はちょうど着替えをしていた。


「……えっ!?」

「すみません。でも大丈夫です――家族ですし、湊君なら見られても構いません」


 そ、そういう問題なのか!?

 ちょうど上着を脱いでいる状態で黒い下着に包まれた豊満な胸元が丸見えなだけでなく、緩めたスカートもスルッと落ちてパンツも丸見えだった。

 涼香はそれでも恥ずかしがる様子を見せず、口にした言葉が嘘ではないことを証明していた。


「……ごめん」

「ふふっ、ちょっと待っててくださいね」


 出来るだけ涼香の方を見ずに俺は中央に進んで腰を下ろした。

 しばらくして私服に着替えた涼香と向き合い、俺はさっきのことを聞いてみた。


「涼香……実はさっき、先輩と話しているのを見たんだよ」

「あ、そうだったんですね。私、自分が成長しているのを感じました」

「え?」

「前まで怖かったんです……でもそうはならなかった……それはきっと、心の中に湊君が居てくれるからなんですね」

「……俺が?」


 頷いた涼香は俺の膝の上に座る……そのまま俺を見つめ、彼女は言葉を続けた。


「心の支えなんです……あなたが私の、心の支えなんですよ湊君。今からまた、甘えても良いですか?」

「……あぁ」


 その問いかけに断ることが出来ずに頷く。

 いや……断る気なんて一切なく、俺はもっと強く彼女を抱きしめた――またあの声が脳裏に響く。

 彼女が欲しいんだろうと……家族のような関係だけで満足出来るのかと。


『そもそもそれを望んでいるのが彼女なんじゃないのか?』


 その言葉に目を大きく見開いた。

 涼香の肩に手を置き、少しだけ体を離して彼女を見つめる……涼香はジッと俺を見つめているだけだが、彼女は目を閉じた。


「……涼香」

「湊君」


 俺は……俺は何もしなかった。

 でも、気付いた時には彼女の顔が近付き……そのままキスをされていたんだ。




【あとがき】


後少しで終わります!

これから忙しくなりそうなので、きちっと締めます!

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