捕獲
「……うん?」
特にすることなくボーッとしていた時だ。
父さんから電話が掛かってきたようで、俺はすぐにスマホを操作し通話に応じた。
「父さん?」
『お~湊。そっちは大丈夫か?』
どうやら心配になって電話をくれたようだった。
全然大丈夫だし、むしろ涼香が作ってくれるご飯などを心から楽しんでいる……実は今日の夕飯前、由愛が隠し味だとして何かを入れようとするハプニングはあったものの、それは鬼の形相を浮かべた涼香が阻止していた。
『由愛、それを置きなさい』
『はい……』
あの時の涼香……ヤバいくらい怖かった。
由愛とちょっと危ないやり取りの後に甘えてきた彼女ではあったものの、夕飯の準備に取り掛かる頃にはいつもの彼女に戻っており、それもあってか由愛に対して怒る時は怒るんだなと新しい顔を見せてもらった気分だ。
「すぅ……すぅ……」
「むにゃ……お兄ちゃん……」
『うん? 今二人の声が聞こえなかったか?』
「……さあ」
察しの良い父さんに気付いてくれるなと俺は必死に祈る。
実は後はもう寝るだけなんだが……思った以上に疲れてしまったのか、二人とも俺に引っ付きながらテレビを見ていたが御覧の有様のように眠ってしまっている。
ちょうど片方の腕を抱きしめられたりしていなかったのが幸いし、こうしてすぐに父さんからの通話に応じることが出来たわけだ。
「父さんの方はどうなんだよ。美穂子さんと仲良くやれてる?」
『仲良くしてるからこんなに嬉しそうなんだろうが……まあ、夕飯を食べて少ししたら疲れて寝ちまったけどな』
「……へぇ」
あれ、もしかしてこんな風に疲れが出てすぐに寝てしまうのは親子だから?
それなら二人のことを話しても良いかなと思いつつも、二人の部屋を覗いたのかなんて言われたくないのでやっぱりやめとこう。
『美穂子も心配していたからな。その様子なら明日にでも安心して大丈夫と伝えておこう』
「そうしてくれ。父さんもしっかり楽しみなよ」
『分かってる。自分でも驚くくらい楽しんでるから安心しろ!』
「あいよ」
そんな大きな声を出して美穂子さん大丈夫?
そうは思ったけどそこで電話は切れてしまい、俺はやれやれと苦笑してスマホを机に置いた。
「……さて」
父さんとの通話は終わったけどこの状況……どうするべきか。
取り敢えずガッシリと二人に引っ付かれているわけではないことに気付き、俺はまず涼香の腕からどうにか抜けた。
起きるかな……起きないかな……そんな風にビビりながら由愛をお姫様抱っこして部屋に向かう。
「……きっつ」
決して落としそうになるほど重いわけではないが、女の子を一人抱えて階段を上がるのは中々しんどく、部屋に着く頃には息が上がっていた。
「……ったく、俺って体力ねえなぁ」
そう愚痴を零しながら由愛をベッドに寝かせた。
掛け布団を被せようとしたところ、少しだけ由愛が体を動かす――その衝撃できつそうに止められていた胸元のボタンが外れ、大事な部分まで露になることはなかったが豊かな谷間がお目見えした。
「っ……あぁもう! なんでこんなラッキースケベみたいなことが!」
規則正しく呼吸をしているため、由愛の胸が上下に動く。
柔らかそうな胸……いや、実際に触れて俺は知っている――これはとても柔らかいものだ。
「……ヤバい。飯の前を思い出す」
飯の前にあった由愛とのやり取り……思い出すとすぐに顔が熱くなって大変だ。
どうにか頭の中から打ち消すほどに違うことを考え、俺は特に過ちを犯すことなく由愛の部屋から生還した。
「……ふぅ」
大きく深呼吸をした後、最後のお姫様を運ぶためにリビングへ戻る。
相変わらず眠ったままの涼香を由愛にしたのと同じように抱え、ゆっくりと歩きながら起こさないように部屋へ向かう。
「由愛の時にも思ったけど、ちょうど僅かに開いてて良かったな……」
今だと両手は使えないし、隙間が開いてなかったらマズかった。
由愛と同様に甘い香りに満ちている部屋の中を進み、ベッドの上に涼香を下ろして掛け布団を体に被せた。
流石は涼香ということで、由愛の時のようなラッキースケベは発生しないことに安堵し、そのまま部屋を出ようとしたその時だった。
「いや……いや……っ!」
「? 涼香?」
部屋を出ようとした時、涼香が突如声を上げた。
怯えるような声に俺はすぐ振り向き、何事かと涼香に近付く……魘されるような様子の彼女がどんな夢を見ているのか、それはすぐに分かってしまった。
「……涼香、大丈夫だぞ」
寝ている彼女を安心させてあげる方法……起こせば良いのかな?
そう思って肩をトントンと叩いて起こしてみる――すると彼女は目を開けたが寝惚け眼で現実か夢の区別が付いていない様子……涼香はギュッと俺に抱き着いた。
「大丈夫……大丈夫だ」
「……湊君……湊君……っ!」
怯える彼女をしっかりと抱き留め、俺は即座に提案した。
「涼香、ここで寝ようか?」
彼女を守らなければならない……俺が彼女を守るのだと、自分でも僅かに疑問に思うほどに強く、あまりにも強くそう思った。
涼香は頷き、俺をベッドの中に招き入れる。
涼香は俺の存在を確かめるために首筋に顔を埋めたり、胸元の撫でたりととにかく俺に触れてその存在を確かめていた。
「あぁ……湊君♪」
「……………」
大丈夫だと何度もそれ以降彼女に伝えたが……どうしてこんなにも、俺の体は鎖に繋がれたかのように動かないのだろう。
まるで、俺自身が涼香に捕らえられたかのような……そんな錯覚さえ抱いた。
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