浸食

「……予行練習ってどういうこと?」

「こういうことだああああああああ!!」

「ぐ、ぐわああああああああああっ!!」


 突然に飛び付いてきた彼女を受け止め、俺はお約束だろうかと思い大きな声を上げて反応を返す。

 それなりの勢いだったせいで受け止めようとしたが押し倒され、そのまま由愛は流れるような動作で俺の腰辺りに跨った。


「えへへ、捕まえたよお兄ちゃん」

「……退いてくれ由愛――」

「嫌♪」


 ニコッと微笑んだ由愛はゆっくりと体を倒す。

 決して逃げないように、同時に逃げられないようにするかの如く体を全て押し付けるだけに留まらず、俺の首に顔を埋めた。


「お、おい……っ!?」


 首の辺りに顔を近付けられるととてつもなくくすぐったい……それで体を揺らしてしまうが、彼女は決して俺の上から退いてくれなかった。

 チロチロと何かが首筋を這う感覚に背中がゾクゾクする中、顔を上げた由愛の表情に俺は言葉を失う――あまりにも妖艶で、年下の女の子には決して見えないほどの女がそこに居たからだ。


「これはお兄ちゃんのためだと思うんだよねぇ。お兄ちゃん、彼女が出来たことってないんでしょ? だとしたらいきなり彼女が出来た時困ることがあるかもしれないよね? そうならないように私が色々してあげようと思って♪」

「……だからどういう――」

「試しにさ――私が彼女だと思って何かしてみてよ」

「っ!?」


 何かしてみて……その言葉が更に俺の心臓を強く鼓動させる。

 たとえ何を言われたところで彼女に手を出すことはない……そう思いたいのに、至近距離で俺を見つめる由愛から目を離せない。

 彼女の真っ直ぐでありながら、どこかどんよりしたように見える瞳に映るのは顔を赤くした俺……その時、時風の言葉が蘇った。


『単純な話さ。性欲くらいは抱くだろ?』


 悔しいが……それに頷いたのは確かだった。

 何だかんだ俺も男子高校生……女体には興味があるし、涼香と由愛のことを大切に思いつつもいやらしいことを全く考えないわけでもなかったのだから。


「ほらお兄ちゃん。あなたの目の前の私は何をしても怒ったりしないよ?」

「……………」


 言い訳をさせてもらえるならば、今の俺はちょっとおかしかったんだ。

 その場の雰囲気と由愛の言葉に後押しを受けるように……彼女の言葉という蜜に誘われた蜂のように……俺はボーッとする頭でそっと手を押し当てた――由愛の胸に。


(……柔らかい)


 両手でそれぞれ左右の胸に触れている。

 圧倒的なまでに柔らかく……そして片手でははみ出そうになるほど大きなその胸の感触は今までに味わったことがない……いや、正確には以前に由愛を受け止めた際に触れてしまった以来だ。


「っ……はぁ♪」

「っ!?!?」


 我に返り、俺はすぐに彼女の胸から手を離した。

 手を離してもなお残り続けるしっかりとした感触に頭がどうにかなってしまいそうなそんな中、俺は由愛が体を震わせていることに気付く。

 俺はそれを恐怖によるものではと思った……いきなり胸を触られ、ストーカーされた時の記憶が蘇ったのではないかと。


(……いや、そうじゃなさそう?)


 一瞬不安になったものの、恐怖の表情ではなさそうだった。

 顔を赤くし、舌をペロッと舐めながら俺を見つめるのは変わらず……まるで時風が好んで読んでいた漫画に出てくるサキュバスのような仕草に、再びドキッとする。

 さっき風呂に入ったばかりなのに妙な汗を背中に掻いたらしく気持ち悪いが、それ以上に由愛の存在に意識を引っ張られるんだ。


「お兄ちゃんって大胆だね?」

「ご、ごめん……」

「謝らないでいいよ。私が提案したんだから……うふふっ、でも本当にこれで終わりでいいの?」

「何言ってんだよ……」

「もっとしたいことしていいんだよ? それこそ甘えたり……さ」


 そうは言いながらも由愛は俺の上から退いてくれた。

 退いてくれたのであれば体を起こすのは当たり前で……でも、そんな俺を待っていたかのように由愛が正面から腕を広げ、俺の頭をその豊かな胸元に誘う。


「わぷっ!?」

「よしよし、お兄ちゃん良い子良い子」

「……………」


 優しく頭を撫でられながら由愛はそう言う。

 俺は小さい子供かよと文句を言いたくなったが、何故か言葉を発することは出来ずに由愛の抱擁を甘んじて受け入れている。

 決して自分から離れられないような……いいや違う。

 俺は離れたくないんだ由愛から。


「お兄ちゃんが家族のことを大切にしていること、よく分かったよ。そんなお兄ちゃんと一緒の家族になれたこと、本当に幸せ♪」

「……由愛」

「あの時、助けてくれたことだけじゃない――ずっと私とお姉ちゃんのことを気に掛けてくれたこと、そのお返しも沢山したいんだよ」

「……………」

「まだ完全に心を開いていないお母さんじゃなくて、私に甘えてよ。お兄ちゃんが思うお母さんに甘えるように、私に……ほら」


 これは……なんだ?

 頭の中に直接入り込んでくる甘い刺激……思考回路を優しく焼き尽くすようなこの感覚は何なんだ。

 耳は由愛の声を受け入れ、肌は由愛の柔らかさを受け入れ……鼻は由愛の甘い香りを受け入れ……今、ここに存在する全てに受け入れられるかのようで……あまりの心地良さに全てがどうでも良くなってくる。


「ただいま戻りましたよ」


 だが、そんな俺をある意味で救ってくれたのが涼香だった。

 涼香が戻ってきたことで俺たちは離れたが……由愛は俺に優しく笑いかけ、意味深に涼香と入れ替わるようにリビングを出て行く。

 戻ってきた涼香が俺たちの雰囲気に首を傾げながらも、彼女はこんなことを口にするのだった。


「ちょっとだけ……甘えてもよろしいですか?」

「……今?」

「はい♪」


 次は涼香かよ……そう俺が内心で呟いたのは言うまでもなく、同時に俺は考えざるを得なかった。

 このまま彼女たちと二人で居続けた場合……俺は自分を保てるのかと。

 そう思わずには居られなかった。





【あとがき】


一応30話くらいを目途にしています。

後三万文字くらいですかね。

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