彼女の囁きは耳を震わせる

 父さんと美穂子さんが旅行に向かった翌日だ。

 今日は土曜日ということで朝から久しぶりに時風を含めた友人と遊びに出ていた。


「最近、リア充を満喫しているお前を連れ出せて満足だわ」

「そうそう! めっちゃ羨ましいっての!」

「今日くらいは俺たちに付き合え!」

「わあってるよ」


 しつこいラブコールを受けたのもあるけど、単純に時風たちと遊びたかった。

 まあ見ての通りこうして合流した瞬間に揶揄われまくってるわけだが……これが他の奴ならいざ知らず、友人ともなると線引きはある程度分かってくれる。


「ええい! そんなにしつこいと帰るぞ俺は!」


 なんて、そう言うと時風たちはごめんごめんと笑った。

 ちょうど近くにアイスを打っている屋台があったので、俺は時風たちにちょっと食おうぜと言って誘った。

 それぞれ違う味のアイスを舐めながら、俺はまるで指導者が演説をするかのように口を開いた。


「俺はお前たちに問いたい――男嫌いなんて言われちゃいるが、学校で美少女と言われている姉妹と家族になる……そんなに羨ましいか?」

「羨ましい!」

「当たり前だろ!」

「もちろんだろうが!」


 ちっちっちと俺は指を左右に振って言葉を続ける。


「常に嫌われるかもしれない、男なんて嫌だって言われるかもしれない恐怖を抱きながらお前らはずっと彼女たちと接することが出来るのか?」

「……それは」

「……確かにそれは」

「……きついか?」


 まあ俺の場合は幸いにそういうことはなかったけど……正直、あの助ける出来事がなかったらこうも早く打ち解けることはなかったはずだ。

 仮にあのことがなかったとしても俺ならすぐ仲良くなれたと涼香も由愛も言ってくれはしたんだが……あれはあまりにも大きな出来事だった。


「涼香と由愛……こんな風に名前で呼び合えるようになった。顔面がヤバいくらい整ってるだけじゃなくて、スタイルも凄くてドキドキしまくりさ。おまけに性格もめっちゃ良くて……マジで悪いことはない」

「それなら――」

「でも! だからこそ気にすることは多いんだぞ?」

「っ!?」

「た、確かにな……」


 あ、今なら俺は言葉だけで世界を平和に出来るかもしれない……そんな全能感を抱いているが気のせいだ。

 時風たちも俺の勢いから大変さは伝わったらしい。

 でも本当にそうなんだぞ? 今まで男所帯だったわけだし、そこに学校の美少女が二人も加わったわけだ……本当に大変なんだから。


「まあでも……一つ屋根の下でみんなの憧れでもある女の子と一緒ってのは優越感はあるな!」

「やっぱりな!」

「羨ましい!」

「代われよ!!」


 だから大変だって言ってるだろうが!!

 それから俺たちはカラオケに行ったり、ボウリングに行ったりして楽しい時間を過ごした後、ファミレスで昼食を摂りながら改めてのんびりしていた。


「でもさぁ……色々と話を聞いても、あの二人を目当てに湊の家に行くってのは中々思い付かないよな」

「そうだな。陽キャ連中には前言われたんだっけ?」

「あぁ……そういやあったな」


 以前に断ったことだなそれは……。

 あれからそういう提案をされることはなくなったけど、二人の傍に居る俺を鬱陶しそうに見てくるのは変わらない。

 そのことを思い浮かべていた時、ふと時風がこう言った。


「湊さぁ……最近マジで頼りになる顔付きしてね?」

「いきなりどうした?」

「いや、かっこいいって言うかさ」


 かっこいいってお前……でもそうかかっこいいのかぁ。

 友達にかっこいいと言われるのはどんな状況であれ嬉しいもので、別にニヤニヤしたりはしないがそういう顔付きになれたのは間違いなく彼女たちの存在だ。


「守るべきものが出来たからかねぇ」

「なるほどなぁ……」

「女が出来たからか」

「言い方止めろって」


 ファミレスには見るからに学生だったり子連れだったりが多く居る中、俺たちの騒がしさと言ったら凄まじい。

 騒音というか迷惑になるレベルではないが、後ろの方に座っている……たぶん他所の高校生かな? その女子の会話がちょっくら聞こえてきた。


「女の子の話してるけど必要なさそうだよね?」

「うんうん」

「一生彼女出来ないんじゃない?」


 余計なお世話だよこいつらめ……。

 俺は特にダメージは負わなかったが時風たちはダイレクトアタックを受けたらしく胸を抑えている。

 まあそんな苦虫を噛み殺すような出来事はあったものの、俺たちはそれを忘れるかのようにその後はまた遊び歩いた。


「じゃあな~!」

「また遊ぼうぜ~!」

「そんじゃな~」


 時風たちと別れ、俺は真っ直ぐに家へと向かうのだった。

 基本的に何か用がない限り二人は一緒に家で過ごすことが多いようで、家に帰れば誰かが居る証の灯りが俺を出迎えてくれる。


「ただいま――」

「おかえりお兄ちゃん」

「っ!?」


 玄関から中に入った瞬間、上目遣いの由愛が居て俺は心臓が口から飛び出そうになるほどに驚いた。

 どうしてここに……?

 困惑する俺を見てクスッと彼女は微笑みながらこう言った。


「そろそろ帰ってくるかなって思ったの。そしたらビンゴってね」

「そうだったのか」

「うんうん♪ お風呂の用意とか出来てるよ。お先にどうぞ♪」

「分かった。じゃあ先に行かせてもらうよ」

「あ、ちなみに今日の献立はしゃぶしゃぶだよん」

「マジか! はよ出る!」

「早く出てもすぐには食べれないよ……」


 おっと俺としたことがついつい。

 とはいえ夕飯にご馳走が待っていることを知ると心が躍るというか、早く食べたいという衝動に駆られて腹がぐぅっと鳴る。

 すぐに上がることはなく、ゆっくりと一日の疲れを癒すように風呂でのんびりさせてもらった。


「それじゃあ私も行ってきますね」

「行ってら~」

「いってらっしゃい~」


 エプロンを置いて涼香が俺の後に風呂に向かった。

 その間、俺と由愛は二人っきりになるわけだけど……彼女はスッと音も立てずにソファに座る俺の隣に座った。


「ねえお兄ちゃん」

「うん?」


 肩をツンツンと突き、更に距離を彼女は詰めてくる。

 柔らかな胸の感触を俺の肩に当てるように身を寄せた彼女は、今まで俺に聞いたことのないこんな言葉を口にするのだった。


「お兄ちゃんは彼女とか作らないの?」

「……いきなりどうした?」


 彼女……出来たら苦労しないけど、出来てないから一人なわけですが?

 何も言わない俺を見てニヤリと笑った由愛は言葉を続ける――妖しく、笑みを浮かべるようにしながら。


「恋人が出来た時の予行練習とかしたくない?」

「……………」


 その言葉の意味はなんだ……?

 この時、俺はまたあの香りを感じていた――由愛と涼香から感じ取ったあの時の甘すぎる匂いを。

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