彼女たちは気付く――少年の大切にしたい気持ちに
「湊君」
「うん?」
買い物が終わり、既に辺りは暗くなってきた。
まあ夏が近いということで遅い時間にしては明るくはあるものの、女の子が一人で歩くには少々心配になるかもしれない。
以前に俺が心配になって由愛を迎えに行った時と大して変わらないが……それでも心配になるのは確かである。
「お母さんたちが居ない時でも食事とかは心配しないでくださいね? 以前に言ったことがあるかもしれませんが、料理は私が出来ますから」
「……女の子の手作り料理……感動かもしれん」
「うふふっ。由愛も手伝ってくれるでしょうけど……あの子は時々妙な味付けをするので見張っておかないとですね」
「あ、そうなんだ?」
「一気に不味く……こほん、微妙な味になってしまいますから」
今、確かに不味いって言わなかった?
何も言ってませんと言わんばかりに顔を背けたけど、俺はバッチリと聞こえていたからな? 恥ずかしそうにチラチラと見てくる涼香はボソッと呟く。
「言わないでください。あの子、自分の舌に絶対の自信を持ってますから」
「……へぇ」
あぁ……これは言ったら拗ねられるタイプだなと何となく理解した。
それからお互いに最近気になったことなんかを話しながら歩くのだが、やけにチラチラと視線を感じてしまう。
その度に涼香を見ると彼女は目が合っても決しても顔を逸らしたりはせず、その度にニコッと微笑んでくるのが心臓に……悪くないな。
(今までドキッとしていたのは間違いないんだけど……これくらいなら全然大丈夫になってきたか? 慣れたの……かな?)
家族だし……ね。
慣れたら慣れたで全然構わないっていうかむしろありだぞこれは。
「おや? どうしました?」
「いーや何でもない」
自分の成長に嬉しくなりつつも、あまりニヤニヤしないように足を進めた。
今日は部活が早めに終わったのか途中で由愛とも合流し、三人で仲良く話をしながら帰宅した。
「湊君?」
「お兄ちゃん?」
家に入る前、二人を先に家に入らせようとするが俺は足を止めて振り返る。
ただそれも一瞬のこと……まあ、無駄だと分かっていてもやらないよりはマシだと思っているだけだ。
「何でもないよ」
ちょっと月を見たかっただけと伝えたのだが、二人はクスッと微笑んだ。
「本当にどれだけ湊君は優しいんですか?」
「お兄ちゃん……えへへ♪」
……なんで振り返ったか察せられたかもしれないな。
そんな風に三人でいつまでも家に入らなかったせいで美穂子さんにどうしたのと声を掛けられてしまうほどだった。
程なくして父さんも帰ってきて家族の団欒が幕を開け、夕飯も今日は全員欠けることなく楽しい時間だった。
「……母さん」
夕飯を済ませてから俺は一人、居間の方へ訪れていた。
リビングの方からみんなの会話が聞こえる中、俺が見つめる先は母さんの写真である。
「聞こえるか母さん。めっちゃ楽しそうにしてるだろ? 再婚するって聞いた時はどうなるかと思ったけど、こんな風にみんな仲良くしてるよ」
決して仮面夫婦とかそういうのでもなく、俺たち全員が全員を受け入れて本当に仲良く過ごしている。
父さんも女性陣を大切にしているし、美穂子さんは言わずもがな涼香と由愛も父さんと仲が良くなっている……いまめっちゃ良い感じだ母さん。
「……寂しくはあるよ母さん。この輪の中に母さんが居たらと思うと」
そんな光景が絶対に見れないことは分かっている。
母さんが居たら父さんは絶対に誰かに目移りすることなんてない……それこそ美穂子さんが目の前を通っても一切目を向けないんじゃないか?
それどころか……みんな揃って仲良くしている姿を夢想するのは罪かな?
「母さん、見守っててくれよ――大好きだ」
大好き……そう言えば、母さんに向かって直接言ったことはなかった気がする。
当時の俺にとって母さんというか父さんもそうだが、家族というのは絶対に傍に居てくれる存在だと思っていた。
居なくなるなんて思わない……それこそ死ぬだなんて思わないんだ。
「……そんな後悔をするくらいなら、もっと好きって言えれば良かったかな」
それだけが……唯一の心残りだったりする。
そろそろみんなの元に戻ろうかとしたその時だった――力強く太い腕にガシッと抱きしめられた。
この腕が誰のものかすぐに分かる……父さんだ。
「俺も母さんのことが大好きだぞ湊」
「……はっ、ずっと傍で見てんだよば~か」
「ははっ、そうか!」
父さんと笑い合ったのだが、ふと女性陣が眺めていることにも気付く。
涼香と由愛、美穂子さんが優しく俺たちを見つめる中――美穂子さんが一歩前に出て父さんと並ぶ。
「是非……お友達になりたかったわ。たとえ結ばれることはなかったとしても、きっと仲良くなれたと思うのよ」
……絶対になれたと思うよ。
父さんと美穂子さんを見つめながら、いつの間にか俺は涼香と由愛に挟まれる形になっており、スッと手の平に彼女たちの手が添えられる。
「湊君にとって家族というのは本当に大切な存在なんですね」
「改めてそれを実感した気がするよ――私とお姉ちゃんがすべきこと、分かった気がするかな♪」
「それは……」
二人がその時、何を考えたのかは分からなかった。
でも……こうして母さんと見つめ合っていたことをみんなに見られていたというのは恥ずかしかったけど、決して悪い時間ではなかった。
こうして、数日後に父さんと美穂子さんは旅行に向かった。
俺たちはきっと大丈夫――そうみんなで伝えたのは当然だった。
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