強く言葉にしても、体は震え恐れが見え隠れする

「なあ」

「う~ん?」

「最近さ……お前の家行けなくて寂しいんだけど」

「キモイ……とは言えねえなぁ。俺も久しぶりに遊びたいしそっちに行くか」


 時風とトイレに向かった際の会話だ。

 友人である彼がそう言ってくれるのは嬉しいが、確かに父さんが再婚してからは彼女たちの事情もあって家に呼ぶことも無くなってしまった。

 きっとダメとは言わないだろうけど、そもそも家に居る間は涼香か由愛と過ごしているようなものなので暇ではあるけど暇でないという矛盾が発生している。


「……………」


 しっかし家のこと……か。

 一応、父さんと美穂子さんは今週の金曜日から新婚旅行で出掛けることになっており、家に残るのは俺と彼女たちだけだ。


『大丈夫ですよお母さんにお父さんも。私たちと湊君なら大丈夫です』

『そうだよ。私たちとお兄ちゃんだもん大丈夫!』


 二人からの絶大な信頼はとても嬉しかったけど……それ以上に彼女たちの言葉からゾクゾクとした感覚を抱いたのは何故だろうか?

 このゾクゾクはドキッとするようなものというより……ヒヤッとする感じかな?


「……………」

「どうした?」

「……いや、何でもない」


 数日間、彼女たちと過ごすことは誰にも言えないな……まあ言うつもりはないが親が居るのと居ないとでは絶対に受け取り方は変わるだろうし。

 それから時風と一緒に教室に戻ったが直後、涼香と目が合った。

 彼女はヒラヒラと手を振ってきたので返すと、やっぱりというべきか男子の目がかなり痛い。


(でも直接言ってこないのはあれだよな……いくら俺に言ったところで同じ家族だから離れることもない……これでただの友達だとしたら嫌がらせとかちょっと考えちまうよなぁ)


 まあでも、俺としては何を言われても前も言ったが離れたりすることはないさ。

 どんなに何かを言われたとしても一緒に住む家族で、あんなにも俺のことを信頼してくれるのだから。


(……とはいえ)


 緊張しているのは確かだ。

 元から血の繋がっている家族ならまだしも……って、これも何度目だよと俺は人知れず苦笑するのだった。

 週末に控えたその事実に対して少しは表情に出続けているらしく、逆に友人たちには心配させてしまったけれど、その度に俺は大丈夫だと伝えてばかりだ。


「それじゃあみんな、今日もお疲れ様」


 あっという間に時間は流れて放課後だ。

 いつもなら例の如く真っ直ぐに帰るところだけど、実は涼香と一緒に買い物をしてから帰ることにしている。

 俺と涼香の用というより、美穂子さんに食材の買い出しを頼まれたからだ。


「湊君」

「あいよ」


 教室から出る際に涼香と並んだ。

 そのまま廊下を歩いていると背後から誰かが駆け寄ってくる音が聞こえ、振り向くとクラスメイトの男子が涼香に声を掛けた。


「待ってくれ涼香さん!」

「……………」

「……涼香?」


 声を掛けられても涼香は振り返ることなく歩いていく。

 聞こえてないのかと思ったがそうではないらしく、涼香はチラッと彼……藤沢を見たがそのまま歩いていく。

 俺としては歩く彼女を呼び止めるようなことはせず、涼香が立ち止まる気がないなら俺も止める気はなかった。


「……はぁ」


 ただそれでも、少し歩いて彼女は止まった。

 そうして振り向いた涼香は藤沢を睨みつけ、こう言葉を放った。


「湊君と名字が同じなのは仕方ないとして、それでもいきなり名前を呼ばれるのは嫌ですね。そもそも今まで何も接点がなかったのに、どうして今になってそう声を掛けてきたのでしょうか? 私は男性が苦手だとそう言われているんですけれど」

「え……じゃあなんで宍道の傍に――」

「それを知ってどうなるのですか? 取り敢えず聞かせてください――あなたの要件は私を呼び出すことですか?」


 圧を感じさせる涼香の声は少し怖かった。

 彼女に正面から見つめられた藤沢はビビったように一歩退いたものの、用件は指摘された通りだったのかゆっくりと頷く。


「でしたらお断りします。私は男性と二人になるつもりはありません――それはこれからもずっとです」

「な、ならなんで宍道は良いんだよ!」

「家族だからですよ」

「でも……それでもようやくチャンスだと思って……」


 消え入りそうな声は最後まで聞こえなかった。

 強く言い返した涼香の姿は意外ではあったけど、彼女の手が震えていたのはやはり激昂して何かをされることに恐れているからだ。

 根本に根付いた異性への恐怖を消し去れない涼香を見ると、ここがたとえ学校であっても俺は大丈夫だと伝えたい……安心させたかった。


「涼香、行こうか」

「あ……湊君?」


 震える涼香の手を取って俺は歩き出す。

 藤沢はこれ以上何も言ってくることはなかったので、そのまま気にせずに俺たちは歩いて行った。

 涼香は一度も振り向くことなく俺に手を引かれ……ある程度離れたところで彼女の手を離そうとしたものの、ギュッと強く握りしめられて離れることが出来ない。


「このままで買い物まで行っちゃいます?」

「それは……流石に目が集まるからさ」

「ふふっ、流石に冗談ですよ……残念ですねぇ」

「っ……」


 残念ですね、そう耳元で囁かれた。

 あの日……彼女とランニングをしたその日から本当に涼香はどこか声に色気を伴うというか……とにかくドキドキさせられて心臓に悪い。

 ただ……涼香は全く意識していないようで、なんでそんな表情なのかと聞くといつも涼香は何のことか分からないと言わんばかりにポカンとするのだ。


「さあ、早く行きましょう!」

「分かった!」


 ええい! 今はとにかく買い物という任務を済ませてしまおう。

 下駄箱から出て歩いていた時、ふと俺は校舎に振り返り見上げた――俺たちをジッと見つめる藤沢と目が合った気がしたが……って、あくまで藤沢に見えただけであれが本当に彼だったかは分からない……仮に藤沢だったら怖すぎるだろ。


「どうしました?」

「いや――涼香、何かあったらすぐに言ってくれよ」

「……はい♪」


 なんだか最近、心配のしすぎで疲れて死んでしまわないか不安だ。

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