その強い心はいつだって毒を求めている
久しぶりに食べた焼肉は最高だった。
俺と父さんの笑顔が絶えなかったのはもちろん、女性陣もずっと笑顔だったのが個人的に印象的で、この時間を取れたことに感謝していた。
「……まあでも、由愛凄かったな」
俺も手が止まらなかったが、それ以上に食べていたのが由愛だった。
彼女はその華奢な体のどこにそんなにたくさん入るんだと思ってしまうほどに、肉も野菜も白米も次から次へと胃の中に収めていた。
『由愛は本当に良く食べるんですよ。運動もしていますし、たくさん食べれば食べるほど力になるんですよ』
そう涼香は言っていたが……それにしては食べ過ぎな気がした。
食べ放題ということでせっかくだから俺も彼女の勢いに乗るようにたくさん食べようと頑張ったが、結局俺は由愛に手も足も出なかったのである。
『ま、こういう場合でしかたくさん食べないよ。時々しかないのならせっかくだし思う存分食べちゃうよねぇ』
それもそうだなと同意しかなかった。
俺たち子供組はとにかく会話が尽きなかったが、それは父さんと美穂子さんも一緒で俺たちの存在があるというのにイチャイチャしてからに……まあそれもまた俺たち子供組にとっては微笑ましい光景だった。
「……あ~」
そんなこんなで既に家に帰ってきて風呂も済ませたが、思いの外まだ胃の中の物が消化出来てないようでとにかく腹が重い。
スリスリとお腹を擦っていて気づく……あぁそうかこれは腹痛だと。
「そんなに食べ過ぎたのかよ俺ってば」
それからトイレに向かってスッキリした後、ようやく腹も落ち着いた。
後はもう寝るだけだが明日は土曜日……かなり遅くまで寝ていても誰にも文句は言われないので、久しぶりに夜更かしをするのも良さそうだ。
「……お?」
適当にスマホを弄ってSNSでも眺めていた時だ。
時風からメッセージが来ており、その内容はあいつらもあいつらで遊び歩いた後にファミレスで夕飯を過ごしたらしいが、焼き肉屋から出てくる俺や彼女たちの姿を目撃したらしい。
『美少女姉妹と焼肉とか羨ましいこって』
ちなみに時風だけじゃなく他の友人たちも同時刻に送ってきていた。
俺はその全部にうるせえよと返事をしようとしたが、ちょっとだけ考えてこう送っておく――大変素晴らしい時間だったと。
「揶揄ってきたお前らが悪いんだぞっと」
どんな返事があるか……怖かったので確認は明日だな!
スマホをマナーモードにした瞬間、ブーンブーンといくつもメッセージの受信を知らせるバイブレーションが響き渡りどんだけだよと俺は苦笑した。
「……………」
……いや、明日じゃなくて明後日確認しようそうしよう!
俺は一旦スマホから意識を外し、ジッと天井を眺めてボーッとする……それで何を思ったのか、立ち上がって窓に近付く。
「……………」
どうして窓に近付き外を眺めようと思ったのかは分からない。
綺麗な星空を眺めるわけでも、まだどこの家の明かりが点いているかを見るわけでもなく、俺は注意深く近所の暗い場所を眺めていた。
「……誰も居ないな」
無意識というか、俺はどうやら怪しい人が近くに居ないか気になったみたいだ。
こう考えたのは美穂子さんから聞いた涼香と由愛に起きたストーカーという悲劇、それを考えるとどうも神経質というか無用の心配を抱いてしまう。
「……ははっ、別に無用でもねえ……っ!?」
その時、ちょうど見ていた街灯の下にマスクを付けた男が歩いていた。
辺りをチラチラと見ているその男はあまりにも怪しく、瞬時に俺の意識を全てを集約してしまうほどに視線が離れない。
何だあの男は……誰だ? あそこで何をしている……?
そんな風に警戒心さえも現れてきた時だった――男が屈んだかと思えば、一匹の猫が彼にすり寄る。
「……猫?」
その猫に頬をくっ付けスリスリとする様は猫好きだと暗に伝えてくる。
男は猫を抱えたまま歩いていき、俺は脱力するようにため息を吐いてベッドに腰かけた。
「……ざけんなよ紛らわしすぎるだろうが」
まあでも、そりゃそうだよな。
だってこの辺でストーカーとかそういった事件が起きたことはないし、そもそも怪しい人物の目撃情報すら出ないほどに治安は良いんだから。
「湊君、どうしたんですか?」
「いや、つい外に誰か居るのか気になっちまってな――たぶんあんな話を聞いたから心配に……うん?」
ちょっと待て、ちょっとお待ちなさいよ。
俺は今誰と話をしている……? ギギギっと壊れた機械のようにゆっくり視線を動かした先に居たのは涼香だった。
ドアは開いているので入ってきたんだろうが……いつの間に?
「ごめんなさい。ノックと声掛けはしたんですけど反応が無くて……それで不安になって入ってきてしまいました」
「そ、そうだったんだ……ごめんボーっとしてたよ」
あははと笑いながらそう言ったが、涼香は表情を変えることなくジッと俺を見つめたまま微動だにしない。
俺以外の何かがもしかして見えてる? そう思ってチラッと背後を振り向いたが不審者やお化けが居るわけもなく、彼女はただただ俺だけを見つめていることは確かだった。
「どれだけ……」
「うん?」
「どれだけ湊君は優しいんですか……?」
「……あ~」
優しい……か。
自分で言うのもなんだけど、確かにちょっと気に掛け過ぎてるような気はしないでもない……でもこれは別に使命感とか、やらないといけないと追い込まれているわけでもないんだ。
俺はそれを伝えるために涼香と目を合わせる。
「優しいとかそういうんじゃないよ。確かに気になり過ぎてるってのは間違いなくある……でも一番はまあ、かっこ付けたいだけかもしれないな」
「かっこ付けたい……ですか?」
「あぁ――俺は今まで、明確に誰かを守りたいと思ったことはなかった。体の弱い母さんを見て思うことはあったけどそれくらいだった……そんな俺の元に新しい家族が出来て、涼香も由愛も俺のことを家族として認めてくれた……男嫌いって言われていても、学校で有名な美人の二人がさ」
「美人……よく言われますけど自分のことだから分かりませんよ」
自分のことだとそんな感じなのか……女子友達からは言われ慣れてる感じだし仕方ないのかもしれない。
「まああれだ。同じ家族でありそんな風に憧れでもある二人を守ろうとかっこつけてるのかもね」
「……………」
可愛い女の子にはかっこいい自分を見せたい……まあ惚れてほしいとかそういう意図は全くないんだけど、少しでもいいように思われたい気持ちはあるからな。
涼香はしばらく俺を見つめたままだったが、すぐにクスクスと笑った。
「正直すぎるじゃないですか? でも……そういう風に言われたたのも初めてです。やっぱり色んなことが私にとっての初めての相手ですね湊君は」
「だ、だからその言い方をだな!」
「うふふっ♪」
俺は疲れたようにため息を吐いたが……そういえばどうしてここに来たんだろうかと聞くと、ちょっとだけ話がしたかったらしい。
甘えたいとか、また一緒に寝たいとか言われるものと思っていたけど……ってもしかして残念に俺は思っているのか? だとしたらちょっとヤバいかもしれない。
「それじゃあ湊君、おやすみなさい」
「うい~。おやすみ涼香」
部屋を出て行った涼香を見送り、俺は改めてもう一度外を見た。
「……うん。やっぱり何もねえな」
やはり俺たちが住んでいる地域はどこまで行っても平和だ。
▽▼
多くの人々が寝静まった夜のこと、彼は……湊は咄嗟に目を開けた。
ダラダラと汗を流す湊は上体を起こし、息を整えるように深呼吸をする。
「……ったく、嫌な夢を見ちまった」
そう、彼は悪夢を見てしまった。
幼い頃の記憶であり、大切だった母が亡くなってしまった夢……既に乗り越えたことではあるものの、過去のトラウマを抉るように時々こういう夢を彼は見る。
「……やれやれだぜ本当に」
ただ、こんな風になってもすぐに眠気は訪れるものだ。
再び横になった寝ようと思ったが、湊は何故か立ち上がり扉へと向かう――扉を開けると、正面に立っていたのは由愛だった。
「お兄ちゃん」
「由愛……?」
何故、何故彼女がそこに居る?
何をしている……? いつからそこに居たんだ? 困惑と謎が胸中を占めるが何故かその程度……湊は何も言わずに由愛を部屋の中に招き入れた。
「……………」
分からない……困惑と謎はどこに行ったのだ?
そんな気持ちさえも押し流すほどの甘い香りは由愛から放たれており、それは今の荒れた湊の心を癒してくれる。
状況は何も理解していないはずの由愛はこう言った。
「一緒に寝ようよお兄ちゃん」
「……うん」
寂しさを紛らわすように、湊はただ誰かの温もりに縋りたかった。
ニヤリと素顔を隠すように、由愛は嬉しそうに……けれども企みが成功したかのように笑い、嗤うのだった。
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