一つ、壁を越えればまた一つ……
「倉谷……じゃなくて宍道さん」
「はい」
父さんが再婚したことにより、俺は変わらなかったが涼香さんと由愛の名字が変わってしまった――それは授業中の先生でさえも、今までのクセが色濃く残ってしまい名字を間違えてしまう出来事が起きてしまう
(宍道って今まで俺しか居なかったからな……それはそれで俺も勘違いして返事しそうになっちまう……まあ俺の場合は宍道君だけどさ)
それでも自分と同じ名字が呼ばれたらドキッとする。
(あれから一週間になるのか……)
これ幸いにと俺は最近のことを思い返す。
彼女たちがうちに来た翌週の金曜日、それが今日になるから一週間なんだが……良い意味でも悪い意味でも家や学校では心の休まる瞬間がない。
『なあ宍道。遊びに行っても良いか?』
『ほら、今まで特に絡んでなかっただろ? 同じクラスだし仲良くしようと思ったんだわ』
クラスでも一際目立つ男子連中がこぞってそんな風に声を掛けてくるのが増えた。
別に友達が少ないなんて寂しいことを言うつもりはないのだが、基本的に俺が仲良くしているのは時風を含めた友人たちだけだ。
今まで全く絡みがなかったと彼らは言っているがその通りであり、ならどうして今になって俺なんかに声を掛けてきたのか……ましてや放課後に遊びに行こうなどという誘いではなく、それを飛び越えて家に遊びに来ようとしたのか……そんなのはうちに彼女たちが居るからに他ならない。
(ほんと、分かりやすいったらねえぜ。仲良くしたいって言ってくれるのは嬉しいけど、目当ては俺じゃなくて涼香さんたちじゃねえか)
もちろん、俺の答えはノーだった。
どうしてだと文句は言われたし、メッキが剥がれて二人と家族であることに調子に乗るなと言われもしたが……まあ特に響くものはなかった。
どんなに凄まれても怖いなんて思わなかったし、これで逆に頷いてしまったらそれこそ彼女たちに悪い。
「宍道君……宍道君?」
まだ彼女たちと過ごして一週間……今日は改めて家族の絆を更に深めるために父さんが企画した焼肉パーティが夜に待っている。
そこそこ高い店を予約したということで、俺だけでなく他のみんなも今日を楽しみにしていた。
「宍道君? 何をボーッとしてるんですか? 宍道君?」
俺も久しぶりに腹いっぱい焼肉を……うん?
おやっと、俺はそこですぐ隣に立つ何者かの気配に気付く――そこに立っていたのは授業を担当している先生で、キランと髪の毛の無い頭が輝いている。
眼鏡をクイッとした先生は俺を睨むようにこう言葉を続けた。
「随分と何かに集中していましたね。そんなに先生の授業は退屈だったかな?」
「えっと……あの~」
これは……もしかしなくてもマズいですね。
先生の呼びかけに応えなかったのは聞こえなかったからだけど、頭の中に展開されていたのは今日の焼肉のこと……確かにボーッとしていたのは間違いない。
「ごめ――」
ごめんなさい、素直に謝ろうとしたがそれを遮ったのがまさかの涼香さんだった。
「先生。言い訳だと言われたらそれまでなのですが、家庭の事情とはいえ私たちという家族が増えたことで湊君は色々と気遣ってくれています。それで突然の環境の変化に疲れが出たのかもしれません」
「なるほど……確かにそうかもしれませんね」
……俺が口を挟む間もなく話が進んでいく。
また呆然とする俺に涼香さんはクスッと微笑み、先生たちの信頼が厚い彼女だからこそ効く言葉を言い放った。
「湊君は先生の授業をとても分かりやすいと言っているのを見ました。そんな湊君が何の理由もなしに先生の授業でボーッとするのは考えられません……ふふっ、ごめんなさい湊君。助けたくてバラしちゃいました♪」
ペロッと舌を出して涼香さんはそう言ったが、その姿はあまりにもあざとかったが誰もそれを指摘することはなく、むしろ小声で可愛いと口にする人が多かった。
「そうですか……こほん。まあ色々あると思いますが、今回は大目に見ることにしましょう。何か困ったことがあれば何でも言いなさい宍道君」
「あ、はい」
一気に機嫌を良くした先生は笑顔で教卓に戻って行き、俺はホッと息を吐いて席に座った。
(これは……完全に助けられてしまったな)
涼香さんは既に前を向いて座ってしまったので表情を窺い知ることは出来ないが、後でお礼は言っておかないとだ。
それからは真面目に授業に取り組み、終わったことで昼休みへと突入した。
席を立って涼香さんの元に向かおうとした俺だが、そんな俺に気付いた彼女が弁当箱を手に同じように立ち上がった。
「涼香さん?」
「湊君。良かったら一緒にお昼を食べませんか?」
「え……?」
あ、ギロリと嫌な視線をいくつか感じる……。
反対に女性陣……涼香さんの友人たちはどうぞどうぞと歓迎の様子で、俺はそんな視線を後押しを受けたものの涼香さんを連れて教室を出た。
「どこに向かうんですか?」
「屋上」
「あぁなるほど」
だってあの視線の中で一緒に昼食はレベル高すぎるでしょ……。
まあビビる必要はないし絡んで来たら毅然とした態度を取るだけだけど、飯くらいはリラックスした環境で食べたいからなぁ。
「黙って付いてきてくれるんだ?」
「あなたが行く先ならどこだって付いていきますよ」
「……信頼が厚いことで」
「信頼していますから♪」
ニコッと微笑んだその笑顔に思いっきり心臓が跳ねた。
……この笑顔……そうだこの笑顔に俺はこの一週間、ずっと……ずっとドキドキさせられっぱなしだ!
もちろん涼香さんだけでなく由愛もそう……決して苦痛ではないが、照れたことで発生するニヤケ面を我慢しすぎていつも顎が痛くなる。
「と、取り敢えずさっさと行こうぜ」
「はい♪」
クラスメイトや他クラスの生徒と何人かすれ違ったが、俺たちはそのまま屋上へと向かい、設置されているベンチに腰を下ろす。
「いただきます」
「いただきます」
お互いに手を合わせて合掌し、美穂子さんが作ってくれた弁当に箸を付けた。
「……いつ食べても美味いなぁ」
「本当ですよね。お母さんったら湊君やお父さんのためにもって毎日気合を入れて作ってるんですよ」
「みたいだな……合わせて四人分も作って大変だなって思うよ」
マジで大変だなと思うし、今までこうじゃなかったから凄く贅沢に思える。
もちろん父さんが料理をしたり弁当を作ってくれていた時点でありがたかったし大変だとは思っていたけど、二人と四人じゃ大分変わるだろう。
「いずれ……美穂子さんに何かお礼が出来ると良いな」
「ふふっ、そうですね。その時は是非協力しますよ――いいえ、私たちからも提案させてください」
「おうよ」
そんな風に互いに微笑んだ後、俺はさっきのことを話す。
「授業でのことはありがとな。でもさ……俺、あの先生について話したことは何もないんだが……」
「良いじゃないですか。誤魔化すことが出来たんですし」
「……そりゃそうだけどさ。ま、助けてもらったしお礼だけで済ますか」
「そうしてください。時には嘘も必要なんですからね♪」
この子……甘えたがりなだけじゃないな。
家で見せる姿と外で見せる姿はやっぱり違うけれど、こうして二人っきりになった瞬間に涼香さんは表情を変化させる。
「……お弁当を食べ終えたら甘えて良いですか?」
「……おう」
甘えて良いですか……何度聞いても破壊力ありすぎるだろ!
俺はまた表情が崩れないように必死に口角を保つ……俺、この先もしかしたら顎が外れたりするんじゃないかな……?
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
……ということで、ついにその時がやってきた。
屋上を利用しているのが俺たちしか居ないため、涼香さんからすれば何も遠慮する必要がない――彼女はそっと俺の腕を抱きしめ、肩に頭を置くような姿勢に。
(……これ、バレたらどうなるか急募)
内心一人でそう何かに問いかければ、速攻でバレたら殺されるぞと返ってくるような気がした。
「……………」
チラッと視線だけを涼香さんに向ければ彼女は穏やかな表情を浮かべている……ようにも見える。
髪の毛と角度のせいで顔は見えないが……たぶん笑ってるんじゃないかな。
「湊君」
「うん?」
「由愛のことは……呼び捨てじゃないですか? 私もダメですか?」
「えっと……逆に良いの?」
「もちろんです」
まあ俺たちの境遇が特殊とはいえ、同じ家族……美穂子さんはともかく涼香さん相手にさん付けはおかしいか……?
些か恥ずかしくはあったものの、彼女の要望に応えるべく俺は呼び捨てにした。
「……涼香?」
「っ……はい♪」
……熱い……顔があまりにも熱い。
返事をしてくれただけでやはり顔は見えなかったが……声音が嬉しそうだったし取り敢えずは良かったと考えて良いみたいだ。
「……もっともっと繋がりました……呼び方一つでこうも高揚するなんて……あぁ悪くない気分です♪」
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