二人の女神は何を見ている?
「……はぁ、疲れた」
俺氏、精神的に疲れるの巻。
まあなんてことはないのだが……単純に半日近く女子と近しい距離で同じ空間に今まで居たことがないせいだ。
学校とは違うプライベートな空間ということで気を遣ってしまうからだろう。
「……うん?」
ちょっと喉が渇いたのと、二人にも飲み物を持って行こうと思ってリビングに来たわけだが……中から声が聞こえた。
俺たち以外で家に居る人は父さんと美穂子さんなので、そこに居るのは必然的にその二人になる。
「……………」
行儀が悪いと思いつつ耳を澄ませた。
「今日はありがとう
「いやいや、みんなが協力したからこそスムーズに終わったんだ」
「ふふっ、そうね。あの子……湊君は凄く良い子だわ。娘たちがあんなに懐くのも分かった気がするもの」
「はは、そう言ってもらえるなら嬉しいよ。贔屓目もあるがあいつは俺の……俺たちの自慢の息子だからな」
ヤバい……中に入れねえんだけど。
もちろん何も遠慮んする必要はない……とはいえ、こんな風に心温まる内容でしかも話題の中心が俺となるとこうもなっちまう。
「美穂子さん……か」
美穂子さんは……なんと言うか大人の色気ムンムンの女性だ。
涼香さんと由愛さんが抜群のスタイルを誇っているので、あれは間違いなく美穂子さんから譲り受けたものだろうか。
そんな色気が備わっているだけでなく、娘たちを想う優しさと……真っ直ぐに父さんを見つめる視線……なるほどねぇ。
「……なんとなく、あの目は母さんに似てる気がするな」
顔立ちも雰囲気も違う……でもその目はとても似ていた。
喉は相変わらず渇いたままだけど、流石に今のリビングに入る勇気が持てなかったので俺はそのまま二階に戻った。
「……あ~」
この場合……俺はどこに戻るべきだ?
喉が渇いたと言って部屋を出たわけで、別にまた涼香さんの部屋に戻ると言ったわけでもない……部屋に戻っても大丈夫かな?
「先輩? 何してるの?」
「あ……えっとぉ……」
まあ良いかと思って自室に戻ろうとしたところ、ひょこっと由愛さんが顔を出す。
動きを止めた俺をジッと見る彼女が何を考えているのか分からないが、その視線に吸い寄せられるように俺は彼女の元へ……つまり涼香さんの部屋に戻った。
「おかえりなさい」
「うんただいま」
……ただいまか。
よくよく考えたらこうして家に居る誰かに対し、それこそ父さん以外にただいまなんて言ったことはなかったな。
そんなことを考えつつ、さっきと同じ場所に座った。
「ふぅ……飲み物無理だったわ」
「え? どうしてですか?」
「その……父さんと美穂子さんが話をしててさ……内容がまあ、俺が良い子だって言ってくれる内容だったんだ」
「まあ!」
「あはは、そうだったんだ」
マズイ、また恥ずかしくなってきてしまった。
同じ場所に座った俺の隣には元々涼香さんが座っており、由愛さんもまた同じ場所に座って俺を挟む形になる。
またもや香ってくる甘い匂いに意識が向きそうになるのを何とか堪え、俺は二人に嫌われたくない一心で表情を変えずに耐える。
「事故のことは伝えてませんけど、私がよく家で湊君のことを話してましたから。知らない内に由愛とも仲良くなったのは驚きですけど」
「そうかな? あぁでも、あの時話すことがなかったら分からなかったかな」
確かになと俺は頷いた。
あの時に改めて助けたことへのお礼はもらったし、俺もちょっとだけ深い部分の話をしたからこそ打ち解けた部分はあったんだから。
「確かにあの時が……っ!?」
その時、俺は瞬時に体の位置を変えるように引いた。
あまりにも近い距離で由愛さんが俺を覗き込んでいたからだ――ただでさえ近かった距離が更に近くなり、俺は動揺して体を引いてしまったんだ……そしてそれすらも後悔した。
「あ……」
だって体を引いた先……由愛さんと反対方向に居るのは涼香さんだ。
そこまで強い衝撃はなかったものの、思いっきり背中を涼香さんに当ててしまったことで俺はすぐに謝る。
「ご、ごめん涼香さん!」
「ちょっとビックリしましたけど大丈夫ですよ。こら由愛、あまり湊君をビックリさせるとダメですよ?」
「えぇ、別に驚かせたつもりはないんだけどなぁ」
涼香さんの言葉に由愛さんは悪びれた様子はない……まあ悪いことは何もしていないので悪びれる必要はないんだが……というかそうじゃない! それ以上に俺に襲い掛かっているヤバい物がある!
(せ、背中に柔らかいものが当たってやがる……っ!)
この背中に当たっている柔らかな物はなんだ……? ふんわりとして、まるでマシュマロのようなこの柔らかい物は一体……っ!?
一旦それが離れたかと思えば、涼香さんの手が俺の肩に置かれ……そして今度は後頭部に柔らかな物が移動しただと!?
「涼香さん……その、俺は大丈夫だからさ。だから離れていただけると――」
「……あ、足が滑っちゃった」
離れようとした時、由愛さんがそんな気の抜けた声を上げ……そのまま膝を折るように上体を低くし、正面から俺に倒れ掛かってきた。
「むぐっ!?」
顔面に襲い掛かってきた柔らかな物体……俺はもう永遠にその時の記憶を忘れられそうにない。
▽▼
「……はぁ、マジで疲れたっての!」
時刻は既に夜の11時を過ぎた。
引っ越しから色々あって思いの外……いや、やっぱりかなり疲れが出てしまったようで夕飯の時点で眠たくて仕方なかった。
「……………」
ぽけーっとするように想像するのは夕方前の出来事……顔面と後頭部に感じたあの膨らみのことだ。
体を引いた場所に居た涼香さんと、足を滑らせた由愛さんの偶然且つ絶妙なアシストによって俺は天国とも地獄とも取れる瞬間を経験した。
『あ、ごめんお兄ちゃん!』
『大丈夫ですか?』
いや、あれは俺の方が逆に謝るべき事案だったような気がするんだが……。
とはいえやはり俺としては嫌われなくて安心したのもあるが、何より二人の態度が全く変わらなかったのがホッとした……あれ? ホッとして良いんだよな?
「てか何気にお兄ちゃんって言われたな……咄嗟だったのかな?」
いつもは先輩としか呼ばれなかったが、咄嗟にお兄ちゃんと言われたこともバッチリと覚えている。
俺がまさかお兄ちゃんと呼ばれる日が来るなんてなぁ……それも感慨深く、同時に世の中のシスコンになるお兄ちゃんの気持ちが理解出来た気がする。
「ふわぁ……寝る前にトイレ行こうっと」
大欠伸を噛み殺すように立ち上がり、俺はトイレに向かう。
いつもなら二階のトイレを利用するのは俺だけなので何も考えていなかったが、トイレを終えたであろう涼香さんがそこには居た。
「あ、涼香さん……」
「湊君……なんだか凄く眠そうですね?」
「あぁうん……ふわぁ」
あ、また欠伸が出ちまった。
クスクスと笑う涼香さん……私服もそうだったけど、今のパジャマ姿も新鮮だ。
思わずジッと見てしまいそうになるのを堪え、俺は改めて今日のことを伝えた。
「今日は色々あったけど、お互いに上手くやっていけそうで安心したよ。何かあったら頼ってくれよ涼香さん」
「……はい。しっかりと頼りにさせてもらいますね♪」
胸の前で手を合わせるようにして涼香さんは頷いた。
「湊君」
「うん?」
「最初から頼りにしていますよ――もっと、頼りにしちゃっても良いです?」
……おいおい、こんなことを言われて嬉しくない男は居ないだろうが。
俺は強く頷き、親指もついでに立てるのだった。
「もちろんだ! ジャンジャン頼ってくれ!」
「ふふっ、はい♪」
それから涼香さんは部屋に戻り、俺もトイレを済ませた。
ベッドに横になった瞬間、全てがどうでも良くなるほどの睡魔が俺に襲い掛かってくるのだった。
その日、俺にとって間違いなく新たな日々の幕開けだった。
そして同時に涼香さんと由愛さんもそうだが、新しく母になる美穂子さんが加わったことで久しぶりに騒がしい家族の団欒を味わった気分だ。
『湊、幸せになりなさいね』
温かい家庭の中に居れば、かつての母さんを今まで以上に思い出す……それで俺は少し寂しかったのかもしれない。
「……う~ん?」
だからなのか……夢か現実か、覚醒しきらない頭ではそれを理解することもままならなかった……だからこそ、俺はそれが寂しさの見せた幻想だと思ったんだ。
優しい表情をした女性が俺を見下ろしていた……まるで甘えてくれと言わんばかりに、そんな女性が居た気がしたのだ。
「やっぱり可愛いなぁ。これからたっくさん甘えてね――お兄ちゃん♪」
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