今日からみんなは家族

「……父さん?」

「ど、どうした?」


 いや、それはこっちの台詞なんだが……。

 一緒に夕飯を摂っていた父さんの様子が気になって声を掛けたわけだが……こいつは聞くまでもなかったかもしれないな。

 どこか落ち着きの無さそうな様子を見るに、明日が彼女たち――倉谷家の女性たちの引っ越し日だからだろう。


「明日のこと?」

「……あぁ」


 やっぱり明日のことで緊張していたらしい。

 まあそれは俺も同様なので笑ったり揶揄うことは出来ないが、父さんはこの家の大黒柱なんだからしっかりしてほしい。


「気持ちは分かるけどしっかりしてくれよな。職場みたいに堂々としなよ」

「うぐっ……それを言うんじゃない」


 父さんは建設会社に勤めており、それなりの役職に就いている。

 部下を何人も抱えているというのは知ってるし、俺は社長さんとも会ったことがあるのでその時に父さんの慕われ具合と現場での厳しく頼れる姿を教えてもらった。


「父さんは凄く頼りになる人だって俺は知ってる。だからまあ……代わりに俺が慌てまくるから父さんは堂々としてろ」

「結局そこじゃないか!」


 ええいうるさい!

 大人は子供より堂々としてくれ! なんてことを言いつつ、どうせ明日は俺も父さんもガチガチに緊張するであろうことは容易に想像出来る。


「全くお前は……ははっ、生意気になったもんだ」

「父さんの息子だもんな」

「違いない。だが母さんは時々言っていたぞ? お前はあまり甘えてくれないから寂しいってな」

「そうなの?」

「あぁ」


 それは……今なら笑い話で済ませられることだけど、そう思っていたなら面と向かって言ってくれれば良かったのになぁ。


「母さんのためにも父さんたちは心から笑って幸せになろう湊」

「……あぁ。分かった」


 俺は力強く頷いた。

 ちなみに父さんの再婚相手であり彼女たちのお母さんでもある美穂子みほこさんはこちらの事情も当然把握しており、既に父さんと一緒に母さんの墓参りも一緒にしたりしたとのこと……何か思うことはあるだろうに、それでも美穂子さんは父さんの全てを受け入れて夫婦になると誓ってくれたようだ。


「そういえば美穂子さんが驚いていたぞ。いつの間にそんな娘たちと仲良くなったんだって」

「……あ~」

「家でもお前のことをたくさん話すそうだ。父さんはまだ少し話した程度だが……ちょっぴり悔しい気がしないでもない」


 父さんの言葉に苦笑しつつ、果たして二人は何を話したのか気になる。

 二人を助けて再婚することを知ったあの日から数日が経ち、由愛さんはともかく涼香さんとはそれなりに話すことが増えた。


「涼香さんとは同じクラスだからさ。前は全然だったけど家族になるってことでよく声を掛けてくれるようになったんだ」

「同じクラスなのは知ってたがなるほどなぁ……由愛ちゃんとは?」

「由愛さんとは偶然会ったりしたらくらいかな今は」


 涼香さんは俺によく声を掛けてくれるようになったし、由愛さんも出会ったら気軽に声を掛けてくれる。

 二人とも周りの目をそこまで気にしていない共通点もあるのだが、やはり男嫌いというのは友人たちの間でも周知のことのようで、俺が二人に何かしたのではないかと怪しまれることもあったんだが、そこは二人が上手く説明してくれたらしい。


「なんにせよ明日は頑張るぞ湊」

「そうだな。つってももう部屋とかは用意してるし後は業者さんの仕事だよ」


 それもそうだなと父さんは笑い、その後は和やかな雰囲気で夕飯を済ませた。

 ちなみに父さんは建設会社に勤めているので筋肉モリモリの肉体だが、母さんが亡くなってから家事を一手に引き受けたこともあり、料理や編み物も得意である。

 涼香さんたちに聞いた話だが美穂子さんは料理が大の得意とのことで……その辺りも非常に楽しみにしている。


「それじゃあ父さんおやすみなさい」

「あぁ。しっかり寝るんだぞ」


 リビングから部屋に戻り、俺はふぅっと息を吐く。


「いよいよ明日か……どうなるのかなぁ」


 何度も言うが家族が増えるというのはそう何度もあるような経験じゃない。

 むしろ人生に一度あるかないか……それかない方のことが多いはずだ。


「美穂子さんとはまだ全然話してないけど、涼香さんと由愛さんとはそれなりに仲良くなった気がするし……きっと大丈夫だ」


 でも……う~ん。

 腕を組んで考えるのは涼香さんと由愛さんのことで……確かに俺たちは仲良くなったように思う……思えるんだけど、時々ゾワゾワするというか……何かを喉元に当てられているような怖さがあるのは何だ?


「……分かんね」


 普通の女子ではなく、あんな美人が怖いだって……?

 そんなことあるわけがないだろうと俺は頭を振り、明日に備えていつもより早めに就寝するためベッドに横になるのだった。


▽▼


 翌日、倉谷家の引っ越しは最初から最後までスムーズに進んだ。

 業者さんが主に動いてくれたものの、俺は出来る範囲で涼香さんと由愛さんの家具配置であったりを手伝った。

 俺が二人に比較的引っ付いていたように、父さんは美穂子さんに付きっきりだ。


「お姉ちゃんこれは?」

「それはそっちにお願いします」


 額を流れる汗をタオルで拭いながら簡単に小物を纏めている二人を俺は見ていた。

 今回の大仕事は新たに家族になる彼女たち全員で取り組んだものであり、ある意味で一番最初にみんなで協力した出来事だったからこそ絆を深めるという点においては大きな効果があった。


(……にしてもまさか、こんな風になるなんてなぁ)


 今居る場所はこれから涼香さんの部屋になる場所で、由愛さんの部屋同様にここはずっと空き部屋だった。

 その空き部屋が今となっては全体的に白を基調とした部屋に変わっており、清潔感溢れるこれぞ女の子の部屋という感じになっている。


「……凄いなぁ」


 見ろよ同級生共、これがお前たちが見たくて仕方ない女の子の部屋だぞ!!

 ……なんて、どうでも良いような優越感を感じたのも一瞬だ。それよりも……俺は衝撃的なモノを見てしまった。


「ねえお姉ちゃ~ん」

「なんですか?」

「っ!?」


 小物を纏めている二人……特に由愛さんの姿が凄まじかった。

 おとなしめのカジュアルな服装の涼香さんとは対照的に、由愛さんはその派手さを余すことなく発揮するような格好だ。

 肩を出すタイプのシャツもそうだが……それ以上に下はホットパンツということで綺麗な真っ白な肌の太ももがこれでもかと見えている。


(マズイ……そっちを見るんじゃない俺!)


 こちらに尻を向けるような四つん這いの体勢なので、くっきりと色々見えてしまっていることに俺は思わず顔を背けた。

 こんなことで彼女たちに嫌われてしまうのを避けるための咄嗟な行動だったが、幸いにも二人は俺を見ていなかったので気付かれることはなかった。


「湊君も座りませんか?」

「そうだよ先輩」

「……分かった」


 ここは俺の家だってのに、女の子の部屋ということで異次元に迷い込んだような錯覚を覚える。


「……え?」

「どうしました?」

「どうしたの?」


 えっと……なんで腰を下ろした俺の両隣に二人は座ってるんだい?

 目をパチパチとさせながら俺を見つめる二人……距離が近いせいで香る二人の甘い匂いもそうだが、学校という他人の目がないからこそあまりにも静かで……そして隔絶された世界にも思えてしまう。


「と、取り敢えず良い感じに片付けが終わって良かったよ! 美穂子さんのところも父さんが上手くやっただろうし……うん良かった良かった」


 あ、なんでこんなに馬鹿っぽいんだろう俺って……。

 あまりにも矢継ぎ早に出た言葉に涼香さんと由愛さんはポカンとしたが、すぐにクスクスと微笑んで頷いてくれた。


「そうですね。ふふっ、不思議な気分です――そうですよね由愛?」

「うん。色々と不安はあったけどすぐに馴染めそうで安心かな」


 おぉ……それは良かったと俺は内心でホッとした。

 きっと父さんも嬉しくて泣いちゃうんじゃないかな? 二人が言ってくれたように実際に言葉を聞けたのなら俺としても本当に安心だ。

 今日を以って俺たちは正真正銘家族になる……色々あるだろうけど、同じ家族としてこれから協力して頑張って行かなくちゃ!


「湊君」

「先輩」

「うん? どうしたの?」


 今の俺はきっとニッコニコだ。

 誰が見てもこいつ機嫌良すぎだろと言われるほどに笑顔に違いない――そんな俺に向かって、二人はこう言った。


「これからずっと一緒ですね」

「これからずっと一緒だね」

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