初めてだからこそ妹もまた芽生える

『湊、お父さんをお願いね……あなた……湊をどうか――』

『母さん……母さん!!』

『……湊、大丈夫だ。父さんが居るからな』


 母さんが亡くなった時のことは今でもよく覚えている。

 元々体が弱くてすぐ調子を崩すことが多かった……苦しむ様子が見たくなくて何度も泣いたけど、その度に逆に母さんに慰められることがあったんだ。


『湊……優しい子になりなさい。泣いてばかりだとか思わないで……誰かのために泣けることは優しい証よ。誰かを守れる強い子に……あぁでも、自分を追い込むのはダメよ。あなたが幸せであること、それが私の一番望むことだから』


 誰かを守れる強い子……その守れる人が母さんだったら良かったのに。

 ……なんてな。

 そんなことを考えても母さんは帰ってこないし、母さんのことを思うなら俺は幸せで居なくちゃいけない……笑うことが天国に居る母さんを安心させてあげられる。


「……母さん、安心してくれよ――俺は大丈夫だから」


 これから新しい家族が出来るんだ。

 それもあってきっと大丈夫だから……だから笑っててくれよ母さん。


▽▼


「……っ!?」


 ハッとするように俺は目を開けた。

 覚醒しきらない頭で周りを見渡すと、場所は教室で自分の席……どうやら終礼が終わってからそのまま俺は寝てしまったらしい。


「……まあ色々あったもんな」


 昨日の今日だし精神的に疲れが溜まっていたんだろうか……う~ん、案外そうなのかもしれないな。

 俺はしばらくボーッと黒板を見つめた後、荷物を纏めて教室を出た。

 そのまま誰にも出会うことなく下駄箱から外に向かったところで、今の俺にとっていつも以上に気になる子を見つけた。


「あ……」


 その場所は体育館の入口。

 そこで彼女が……由愛さんが汗を拭きながら休憩しており、手元のスポーツドリンクを口に付けて素晴らしい飲みっぷりを披露している。

 由愛さんがバスケ部に所属しているのは知っているし、何度もこういうシーンを目撃することはあったが流石に昨晩のこともあってジッと見てしまい、それがマズかったのか思いっきり由愛さんと視線が重なった。


「……………」


 何も言えずに動かない俺、由愛さんもまた動かない。

 そんな風にしばらく見つめ合えば他のバスケ部員も不思議そうに……いや、ちょっと不審そうに俺を見ている。


「……ってストーカーみたいだなこれだと」


 変な誤解を抱かれたら嫌だと思ったのも束の間だ。

 他の部員たちに何かを告げた由愛さんはスポドリを手にそのまま俺の元へと歩いてきたではないか。


「……どうも」

「あ、あぁ……」


 決して友好的とは思えない視線……いや、かといって悪いものではない。

 どちらかと言えば昨晩と特に変わらない視線なので、おそらく俺と同じで由愛さんもどう接すれば良いのか分からないんだろう。


「……練習は大丈夫なの?」

「後十分くらい休憩あるから」

「そっか」

「うん」

「……………」

「……………」


 き、気まずすぎる!!

 お互いに見つめ合っているだけで何も喋らない空間がここまで息苦しいとは思わなかった……あれ? 俺って過呼吸にでもなってる?


「……こほん!」


 なんて馬鹿なことを考える前にもっと頭を働かせろ湊!

 彼女は俺よりも年下でこれから家族になる子なんだ……仲が悪いより良いに越したことはないし、母親が再婚して良かったと心から思ってもらえるのが一番なんだ!

 俺はよしっと気合を入れて口を開いた。


「昨日はあまり話せなかったけど……お互いに驚いたな?」

「……うん。本当に驚いたよ」

「あの出来事もそれはそれで驚きだったけど、そうして出会った俺たちがこんな風になるなんてなぁ」

「……そうだね。あたしもお姉ちゃんも今までにないくらい驚いたから」


 そっかそっかと俺は笑った。

 昨日に比べたら格段に話は出来ているけどまだまだぎこちないものの、そこで由愛さんが俺に少し近付き……そして頭を下げた。


「改めて昨日のこと、ありがとうございました。お姉ちゃんもあたしも先輩のおかげで無事でした」


 まさか頭まで下げてお礼を言われるとは思っていなかったので少し驚く。

 別に彼女がお礼を言わない人だなんて考えていたわけではないが、このお礼云々の話は昨日で終わったと思っていたからに他ならない。

 彼女が頭を下げたことでこちらの様子を窺っている部員たちの目が痛い……俺はそのことを気にしつつまずは頭を上げてくれとお願いした。


「お礼は昨日受け取ったようなものだから頭を上げてくれ。君と涼香さんが無事だった……それで十分だから」


 結果的に俺たちはみんな無事だった……それで良いじゃないかと俺は言う。

 由愛さんはしばらく頭を下げ続けていたものの、分かりましたと言って顔を上げてくれた。

 そのついでにどことなく彼女からの敬語もどこかしっくり来なかったので、いつも通りで良いとお願いする。


「……お姉ちゃんも言ってたけど先輩って不思議な人だね」

「不思議な人……か。それは初めて言われたかもしれん」


 いや、たぶん初めてだな……。

 頭を掻きながら笑うと由愛さんも少し頬を緩ませて笑みを零した。

 男嫌いという面が先行するのはもちろんだが、同時に美人だと言われている彼女の魅力を垣間見た気がして俺はスッと視線を逸らす。


(……涼香さんに似て本当に綺麗な笑顔を浮かべやがる)


 年下の女の子に照れるのは恥ずかしいことか? いいや恥ずかしくない。これは全部由愛さんの笑顔が魅力的すぎるのがいけないんだ。


「あたしね。ちょっと楽しみかも……先輩と新しい父さんが家族になるの」

「……………」


 なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。

 思わず涙が出そうになったくらいに感動しかけてしまったけど……そうか涼香さんもそうだけど、由愛さんの場合は家族になったら妹になるわけだ。

 妹……ずっと一人っ子だったから考えたこともなかった……妹が居る生活ってどんな感じなんだろうか。


「……うん?」


 そんな風に少しばかり想像していた時だった――いつの間にか更に近づいていた由愛さんが俺の顔を見上げるように覗き込んでいる。


「先輩……何かあったの? 気のせいかもしれないけど昨日に比べて少し元気がないっていうか」

「えっと……そんな風に見えたか?」

「うん。気のせいだったらごめんね」

「……いや、謝る必要はないよ」


 母さんが亡くなる瞬間の夢を見た……なんて言えるわけがないよな。

 とはいえ由愛さんの心配を無碍にしたくもなかったので、ちょっと夢を見たことが原因とだけ伝えた。

 それからもう少し由愛さんと話した後、名前を呼ぶ許可をもらって背を向けた。


(……良い子だったな。ちょっと不安はあったけど、涼香さんも由愛さんが家族になっても全然大丈夫そうだな!)


▽▼


「……先輩……湊先輩」


 背を向けて歩いていく湊先輩……あ、お兄ちゃんって呼ぶ許可をもらえば良かったなってあたしは後悔した。

 先輩呼びは後輩だからこそのものなので、これから家族になるんだから適切な呼び方とも言えないから。


「……お兄ちゃんかぁ」


 お兄ちゃん……まさかそんな存在が出来るなんて思わなかった。

 学校で見たことがある程度の人がお兄ちゃんになるだけでなく、命の恩人なのだから本当に人生って何が起こるか分からない。

 不安だった……不安だったけど、お兄ちゃんも新しい父さんになる人も優しい人であたしは安心した。


「……………」


 ただ……やっぱり気になる――お兄ちゃんのことが凄く気になる。

 助けてもらったことが影響したのかどうかは分からないけれど、あたしは昨日からお兄ちゃんのことを考えていた。


『先輩って結構寂しがり屋だったりするの?』

『あ~……かもな』


 嫌な夢を見てセンチメンタルな気分になったとお兄ちゃんは言ってた。

 夢の内容までは教えてくれなかったけど、どことなく寂しさを感じているような様子があったのでそうあたしは聞いた。

 お兄ちゃんの反応を見るに間違いではなかったらしい。


「……あ」


 あたしは今……ふと思ったことがある。

 お兄ちゃんの寂しそうな表情を見た時、あたしはこう思ったんだ――そんなに寂しそうにしないでって、そんな風に寂しそうにするならあたしに甘えてよって。


「……あたし、何考えてるんだろう」


 分からない……この気持ちは何なんだろう。

 少なくともあたしは今までこんなことを考えたことはなかった……もしかしてあたしはお兄ちゃんに甘えてほしいのかな……頼ってほしいのかな?


(初めて出会った……頼ってほしい男性?)


 そう思った時、体がビクンと震えた。

 あたしたちを助けてくれたお兄ちゃん……あの大きな腕で抱きしめてくれた頼りになるお兄ちゃんがあたしを頼って甘えてくれる……あぁ……なんだか凄く素敵なことのような気がする♪


「由愛~! 練習するよ~!」

「何か酷いことでも言われ……ひっ!?」

「……ちょっと由愛? 顔が怖いよ?」


 顔が怖い……?

 おかしいな……あたしは今笑ってるはずだけど……ふふっ♪


「ごめんね。すぐに戻るよ」


 体育館に戻る前にあたしは一度振り返る。

 お兄ちゃんが歩いておりその背中はまだ見えていた……その背中を見てまたあたしの心は震えてしまう。

 まるで本当に欲しいものを求めるかのように、あたしはドキドキしていた。




【あとがき】


 今回は同い年の甘えたがりヤンデレ、年下の甘えさせたがりヤンデレの提供でお送りします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る