初めてだからこそ芽生える物
「よし、それじゃあ今日も頑張ってこいよ」
「あいよ。父さんも仕事頑張って」
「あぁ!」
平日の朝はこんな風に父さんと言葉を交わしてから始まる。
幼い頃に母さんが病気で亡くなってからは当然のように父さんとの時間は増え、自慢ではないが他所の家族よりも仲が良い自信はある。
「……再婚ねぇ」
再婚……倉谷家の彼女たちが家族になる。
学校でも有名な姉妹……それこそ美人姉妹だなんて言われることもある彼女たちと家族になる……何度考えても本当に不思議な気分だ。
「でも……なんとなく上手く行きそうな気がするな」
昨日のやり取りを経て上手く行きそうな確信は抱いている。
どうなるかはまだ分からないけど、少なくとも涼香さんとは打ち解けられた……と思うしな。
由愛さんとはまあ、時間が解決してくれることを祈るしかない。
「おっす~」
考え事をしながらも学校に到着し、薄っぺらい挨拶をしながら教室に入る。
よく話す友人たちが視線を向けて挨拶を返してくれたが、やはりそれ以外の人たちはこちらに見向きもしない。
これは別に珍しいことではなく、特に親しくもなければ誰が教室に入ってきても気にはならないものだ。
「おっす湊」
席に座った俺の近づいてきたのは
「おはよう時風。今日もイケメンだなぁお前は」
「あんがとよ。やっぱ時代は爽やか系を求めてるからな!」
ニカッと笑い、機嫌良さそうにニヤニヤしだした時風を見て思うことがある。
こいつは確かにイケメンだ……イケメンだが同時に馬鹿でもある――本人は頑なに認めないけどこいつは馬鹿だ……馬鹿だけど、俺と時風はとても仲の良い友人同士でもある。
「どうした? やけにそわそわしてね?」
「……そうか?」
そわそわ……確かにしてるかもしれない。
その理由は言わずもがな彼女のこと……っと、そんな風に考えた直後だった。
「おはようございます」
鈴のように聞き心地の良い声が響き渡り彼女が……涼香さんが教室に現れた。
風に流れるようなサラサラの黒髪を揺らす姿は優雅の一言。涼香さんが現れた瞬間に活気づく教室の雰囲気も見慣れたものだが、あの人が俺と家族に……か。
「倉谷をジッと見てお前……はは~ん。もしやお前、好きなのかぁ?」
「……………」
いきなり妙なことを言い出したので軽く肩を小突いておく。
時風からしたらそれも照れ隠しに見えたようで仕返しと言わんばかりに俺も彼に肩を小突かれてしまう。
「……あ」
というか、今気付いたけど再婚の件も含めてまだ教室では言わない方が良いな。
俺が言っても涼香さんが言っても、どちらにしろビッグニュースみたいなものだしあくまで家族の話だからな……いずれは涼香さんの名字が変わることで伝わるだろうしその時にでも遅くはないと思う。
「……おい湊」
「なんだ?」
「……倉谷の奴……こっちに来てるぞ?」
「……え?」
時風にそう言われて視線を向けると確かに涼香さんはこちらに向かっていた。
周りの視線を受けながらも堂々と歩くその姿は尊敬すら抱きそうになるほど……涼香さんは真っ直ぐに俺の元に近付いて口を開いた。
「おはようございます湊君」
「……おはよう倉谷さん」
それはただの挨拶に違いはないはずなのに、今までになかった光景だからなのかクラス中の視線が集まっているようにも感じられる瞬間だった。
「倉谷さん……? 湊君、昨日のことを忘れましたか?」
一瞬ぷくっと頬を膨らませたかと思えば、次に浮かべた表情は不安そうなものだ。
傍で時風が「昨日?」と呟くのを聞きつつ、俺はハッとするように名字ではなく彼女の名前を呼ぶのだった。
「ごめん……その……涼香さん」
「はい♪」
……確かに俺たちは近いうちに家族になる。
とはいえそれが発覚したのは昨日だし、尚且つ今までに俺たちの間に明確な繋がりは全くなかった……こんな風に彼女の方から距離を詰めるというか、仲良くしてくれるのはありがたいけどちょっと特急すぎないか?
「朝に挨拶をするのは当然のことですよ。それでは湊君、また」
「あ、あぁ……また」
昨日別れた時と同じように、控えめではあったが手を振って彼女は背を向けた。
涼香さんのことは人伝でしか知らないことがほとんどだったけど……本当に彼女は親しみやすい性格というか、変に相手に疑わせない不思議な魅力があるようにも感じさせてくる。
「お、おい!」
そして当然と言うべきか時風が口を開く。
「何があったんだよ湊。あいつ……倉谷があんな風に男子に挨拶に来ることって今まで見たこと……ないは言い過ぎかもしれんけどなかったぞ!」
「どっちだよ……あ~」
面倒なことをしてくれたなと涼香さんに文句を言うつもりはないけど、時風くらいなら別に伝えても良いかもしれないな……ただ、それに関しては涼香さんたちの意見を聞いてからにしよう。
「悪い時風。何かあったことは認める……でも少しだけ待ってくれないか?」
そう伝えると時風は目を丸くした後、分かったと頷いた。
「……まあお前のことだし何かあるんだろうなとは思ったよ。そこまで言うならこれ以上はこっちから聞かない。他に気になっただろう奴にも言っておくぜ」
「ありがとな」
「良いってことよ」
やっぱり持つべきものは友達ってやつだな。
でも改めて考えると涼香さんの名字が変わるだけでなく、俺と家族になるって本当に大ニュースになりそうだ。
そもそも生きてる内に同級生が家族になるなんて当事者もそうでない人たちも滅多にお目に掛かるイベントじゃないもんな。
「そろそろ先生来るだろうし自分の席に行けよ」
「あいよ。またな~」
それから担任の松本先生がやってきて朝礼が始まり、学校での一日が始まる。
(……やっぱりあれだけでも注目されるもんなんだな)
噂程度とはいえ涼香さんと由愛さんが男嫌いというのは知れ渡っている。
中にはそれを一切気にせずに告白する奴も居るが、大半の男子はクラスでも人気者の美少女である彼女たちに嫌われたくなくて距離を取っているのが現状だ。
よくよく考えれば、確かに必要なことを除いて涼香さんが異性と話をする瞬間を俺も見たことがないな……。
(ま、否応なく家でも顔を合わせることになるんだし今から気にしても仕方ねえ)
俺はただ、彼女たちが不快に思わないように気を付ける……まずはそれだな。
▽▼
「涼香? やっぱり今日いつもより機嫌良くない?」
「そうでしょうか? ふふっ、そうかもしれませんね」
友人の言葉に私は笑ってそう答えた。
「ちょっとちょっと、何があったのよ」
「うちも気になるぅ!」
「私も気になる!」
一人がそう言えば周りに連鎖するように友人たちが私を取り囲む。
少しだけ心地の良い鬱陶しさを感じつつ、私は彼女たちから視線を逸らして彼の方を見た――そう、湊君だ。
(宍道湊君……私の……私たちの新しい家族になる男の子……私たちを助けてくれた命の恩人……)
私と同じように友人と楽しそうにお喋りをしている湊君。
……おかしい……やっぱり少し変だと私は思う……だって……だって彼から視線を逸らしたくないと思ってしまうのだから。
『……ははっ、良かったぜマジで』
私と由愛を助けてくれた時に言ってくれた言葉……それがずっと耳に残るほどに安心感を齎してくれる声だった。
男性は苦手……強い言い方をすれば嫌いと言っても過言じゃない。
それなのに助けてくれたあの時のことが頭から離れないだけでなく、抱きしめられた時のことが更に忘れられない。
「ねえ涼香? 朝に宍道に挨拶してたけど……何か脅されたりしてる?」
「そんなことはありませんよ。彼を疑うようなことは許しませんからね」
「っ……うん」
「……ちょっと怖いよ涼香」
そんなに怖い顔をしていたでしょうか……。
彼女たちに怖がられないように笑みを浮かべるのを意識するも、やはり頭の中では湊君のことを考えてしまう。
「……あ、そうか」
思えば……あんな風に男性に助けられたこともないし、頼りになる人だと思ったことさえなかった……だってずっと、母と妹を守れる強い人になりたいと考えていたからだ。
(初めて出会った……頼っても良い男性……?)
そう内心で呟いた瞬間、私の体はビクンと震えた。
何……? 何なのこの感覚……分からない……でもとても心地良くて、もっと湊君を見つめていたくなる。
「……………」
この気持ちは何……?
私はそれをずっと……ずっと考え続けていた。
「あれ? 何か落ちたわよ涼香……え?」
“湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君湊君――”
あらいけない……ノートが落ちてしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます