男嫌いと噂の姉妹とは
「まさか……こんなことになるなんて思いませんでしたね」
「っ……?」
店の外で黄昏ていた時、不意に声を掛けられて俺は肩を震わせた。
声からも分かるようにそこに立っていたのは涼香さんで、そんな涼香さんの後ろに由愛さんも控えていた。
「……そっすね」
まだ事態が呑み込めていないだけに、俺はどう彼女たちと接すれば良いのかが分からなかった。
男嫌い――そんな単語が脳裏を過ると迂闊に声を掛けるのも憚られる。
幸いなのは涼香さんも由愛さんも俺と同じ心境なのか、矢継ぎ早に何かを口にしてくることはなかったことか。
「お隣、失礼しますね」
「う、うん……」
っておい! どんだけビビってるっていうかオロオロしてんだよ俺!
ベンチの端に座る俺の隣……位置的には真ん中辺りに涼香さんは腰を下ろし、俺と反対方向の空いてる側に由愛さんも腰を下ろした。
(……おいおいなんだよこの状況……俺にどうしろってんだ神様!!)
もしも神様が居るとしたら呪ってやるぞマジで……。
六月に入り夜もそこまで冷えるわけではないとはいえ、会話の無い俺たちの間はひえっひえだ。
隣に座る涼香さんはともかく、涼香さんを挟む位置に座っている由愛さんの表情は何一つ見えない……それが更に緊張感を強めているような気がする。
「宍道君」
「っ……なに?」
名前を呼ばれ、俺は顔を涼香さんに向けた。
彼女はジッと俺を見つめており、その端正な顔立ちがよく分かるほどに距離は近かった……彼女が今何を考えているのか分からないが、取り敢えずは彼女から伝えられる言葉に集中することにしよう。
「元々、母が再婚することは知っていました。今日お相手に会うということで、もしも私たちが気に入らなければ断るとも言っていたんです」
「そうなんだ……」
「はい。ですが母の様子を見るととてもではないですが嫌とは言えません。あ、もちろん心の奥底で嫌と思っているわけではないですよ? 母の幸せを願う娘としては、あんな風に笑顔を浮かべられるならずっとそうしていてほしいですから」
俺から視線を外し、空を見上げながら涼香さんはそう言った。
そう……だなと俺も思う――父さんがあんな風に笑えるのであれば、この再婚の話は絶対に成功させるべきだろう。
「俺も同じかな……天国に居る母さんを決して忘れることはないだろうけど、それでも目を向けるべきはこれからだと思うから」
「ふふっ、そうですよね」
ニコッと涼香さんは微笑んだ。
月明かりに照らされる彼女の姿はまるで女神様のように綺麗で、俺は次に続く言葉を忘れるくらいに見惚れてしまっていた。
「由愛もそうですよね?」
「えっと……うん。あたしもお姉ちゃんと同じだよ――母さんとお姉ちゃんがそれで良いならあたしは構わない」
ちなみにこの間、由愛さんは一切俺と視線を合わせようとしない。
さっきまで食事をする中でも彼女はずっと下を向いていたが……やはり、男嫌いという噂は決して間違いではないのかもしれない。
「ごめんなさい宍道君。由愛は少し男性が苦手なものでして……苦手というと私もなのですが、不思議と宍道君相手だと気軽に話せますね」
「……はぁ」
姉妹揃って男嫌い……或いは苦手というのは確定か。
俺だと気軽に話せる……そう言われたことはとても嬉しかったが、ここで鼻を伸ばしたりすると全部が台無しになるというのはラブコメの漫画で学習済みだ。
なので俺は全力で口元をキュッと引き絞り、絶対ににやけたりはしない!
「そういえば……あの事故のことは伝えないでおきますか? これで少しでも怪我があったりしたら連絡は入ってたと思いますけど、この通り無事ですし今の幸せな時期に心配を掛けないために」
「そう……だね。どっかで伝わるかもしれないけど今は黙っておくか」
父さんはともかく、まだ彼女たちのお母さんとは全然話せていない……そんな状況だからこそ、不要な心配をさせるわけにはいかなかった。
チラッと店の中を見ると、楽しそうに喋る二人の姿が目に入る。
「……………」
「ふふっ、優しい目をしているんですね。ただのクラスメイトでしかなかったので気付きませんでした」
「っ……」
優しい……その言葉を女の子に真正面から言われたことがなかったせいで、俺は分かりやすいほどに照れて俯いた。
クスクスと俺を見て笑っている涼香さんからとてもじゃないが男嫌いだという雰囲気は感じられないため、さっきの言葉と噂が今になって嘘ではないかと思えてしまうほどだ……ただ、これには理由があったようだ。
「男性が苦手というのは間違ってませんけど、宍道君は私たち姉妹を身を挺して助けてくれました。その影響が少しだけあるのかもしれません――私の心はあなたを信頼しています」
「そ、そっか……なら良かった」
ニコッと微笑む涼香さんをやはり俺は直視出来ない。
相変わらず妹の由愛さんは会話に加わってくる様子はなく、ジッとスマホを操作しているがまあ……涼香さんの存在がとにかくこの場ではありがたい。
「……なんつうか、穏便に済みそうで良かったかなって思うよ。これでもし、あなたと仲良くするつもりはありませんなんて言われたらって思うとさ」
「ふふっ、そこまで酷い性格をしているつもりはありませんよ」
口元に手を当てて涼香さんは笑う。
嘘を吐いているわけでもない本心からの言葉のようで、俺も涼香さんに釣られるようにクスッと笑みを浮かべるのだった。
(でも……これから涼香さんたちと家族になるのか……同級生とその妹が家族になるって漫画の世界かよ。つうか本当に変な感じだな)
赤の他人だと思っていた人が家族になる……マジで慣れないけど、これに慣れていかないと悲惨なことになるぞ……だって同じ屋根の下で過ごすことになるんだし。
とはいえ、俺自身気張らないとだな。
よしっと気合を入れると、どうしたのかと涼香さんが聞いてきたので俺はあははと頭を掻きながらこう言った。
「これから家族になるわけで……その、突然のことだからって甘えちゃダメだなって思ったんだ」
「甘えてはダメ?」
「……?」
俺がそう言うと涼香さんだけでなく、由愛さんも俺を見た。
俺なんかよりも遥かに顔立ちが整った二人に見つめられ、先ほどまでよりももっと恥ずかしくなってしまったが、俺はこれからのことを考えしっかりと二人に伝えた。
「こういうことが今までになかったからとか、兄妹が居なかったからとか……そういうことを言い訳にすることなく、俺は二人が過ごしやすいように頑張りたいと思う」
「……宍道君」
「……………」
なんつうか、突然のことだからこそこういう決意が突発的に出来たんだろう。
ポカンとする二人の表情がとても印象的だったが、涼香さんがそっと手を伸ばして俺の手を取る。
「であるならば、私たちもその気持ちに応えねばなりませんね」
「……無理しなくて良いぞ?」
「無理なんてしていませんよ。そうですね……まずは名前から呼ぶことにしましょうか」
涼香さんはジッと俺の目を見つめ、こう言葉を続けた。
「名字も同じになりますし、兄妹というものになるのでしたら名前で呼ぶのが普通ではないですか? ですので私のことは涼香と呼んでください」
「……涼香……さん?」
「ふふっ、では私も――湊君」
……うお、今ちょっと背中が痒くなったぞ。
でも……これから家族になる上でこれはとてつもない進歩だろうし、父さんも彼女たちの母親も安心出来るはずだ。
「……あたしは……あの……」
涼香さんとは早々に打ち解けられたものの、由愛さんはまだ難しいらしい。
そのことに文句はないし呼び方を強要するつもりもない……これから時間は長くあると思うので、ゆっくりと家族として踏み出せて行ければ良いなと思うのだった。
こうして、突然ではあったがクラスメイトとその妹が家族になった。
少しばかりの不安は当然あるものの、意外とフレンドリーな様子の涼香さんの笑顔を見ていると安心してしまう。
(……これから一気に日常が変化しちまうなぁ)
これからどうなるか……ま、頑張るしかねえよな!
その後は彼女たちと別れたが、週末にはうちに彼女たちは来るらしい――手を振って別れた後、俺はふと振り向いた。
「どうしたんだ?」
「……いや」
振り向いた先、距離はそこそこあるのに彼女が……涼香さんがこちらを見ていた。
目が合った途端にクスッと微笑まれ、再び小さく手を振って彼女は今度こそ前を向いて歩き出した。
「ははっ、打ち解けたようで何よりだな!」
「……うん」
父さんにそう言われたものの、実はちょっとビックリした……怖かったぞマジで。
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