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「ただいま・・・。」
家に帰ると、我が家は真っ暗だった。
理子は隣の部屋にいるかもしれないけど、敢えて声を掛けなかった。
少し、気を抜いていたかったから・・・。
そう思いながらリビングのダイニングテーブルでボーッとしていると、見えた・・・。
ダイニングテーブルの上の花瓶が・・・。
まだ咲いている3本の花を綺麗に生けている花瓶が・・・。
私が長峰と宝田の結婚式でキャッチをしてしまったブーケの花・・・。
「理子が、やってくれてたんだな・・・。」
最初に花瓶に生けただけで、その後私は何もしていない・・・。
何もしていない・・・。
私は、何も“母親”らしいことは出来ていない・・・。
働いていたけれど・・・。
理子や真理には比較的手を掛けられたけれど・・・。
男の子である光一や豊のことは渡に任せていたところがあった・・・。
凄く、あった・・・。
それに・・・
それに、光一には・・・
光一には、甘えてしまっていた・・・。
私は、光一には甘えてしまっていた・・・。
「これからでも、“お母さん”の顔になれるかな・・・。
光一にとっても、“お母さん”の顔になれるかな・・・。」
そう呟きながら、花瓶に生けられている3本の花を長い時間眺めていた・・・。
*
翌日・・・
「お母さん・・・!?」
「理子!おはよう!!」
朝、隣の部屋から帰ってきた理子に挨拶をする。
洗濯機に洗剤を入れようとしたタイミングで洗面所に入ってきた理子に。
「急ぎの洗濯あった!?どうしたの!?」
「え・・・そこまでリアクションするやつ!?
お母さんにだって洗濯くらいさせてよ!!
なんなら、料理も教えてよ!!」
「嘘でしょ・・・!?
お母さんが・・・!?
私のお母さんが・・・家事!?」
理子が驚いているのに笑いながら、私は洗剤を洗濯機に入れて・・・
「イヤ~~~!!!
それ、柔軟剤!!入れすぎー!!!!」
早々に、娘に怒られてしまった。
「仕事が休みの日に教えるから!!
私も平日は仕事忙しいからね!?」
大学生にして社長でもある娘から怒られてしまった・・・。
*
そして、会社では・・・
「母ちゃん、洗濯しようとしたんだって?」
帰ったこなかった息子が、デスクについた私にニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「洗濯くらいさせてよ、お母さんなんだから。
人事部に異動してから時間があるから、私も家事やるよ。
理子だって仕事も大変になってきたし。」
「いいよ、母ちゃんは家事なんてやらなくて。
家帰ったらボーッと俺のことでも考えてろよ。」
「でも、理子もお嫁に行くし、最低限の家事くらい出来ないと。」
「・・・俺の言葉無視するなよ。
それに、俺の存在どうした、俺の存在。
理子が嫁に行っても俺いるだろ。」
「光一が帰ってこない日もあるし、仕事も忙しそうだし、お母さんがやるよ。」
「・・・今でも俺がいる時の掃除洗濯は、理子じゃなくて俺がやってるぞ?」
「え・・・!!!??」
そんな新事実には驚き、会社だということも忘れて大きくリアクションをした。
始業前とはいえ、大きくリアクションをしてしまった。
「母ちゃん、企画部の時はほぼ家にいなかったからな。
10月になってからは俺の方が忙しくて家にほぼ帰ってないから知らなかったか。」
「知らなかった!!
全然、全く、何も知らなかった!!
ありがとう!!!」
「真理姉が嫁に行ってからは理子だけだからな、家事出来るの。
2つ分の家だと理子も大変だろ。
あいつも仕事あるからな。」
サラッとそんなことを言って・・・。
「きょうだい想いの良い男だよ、本当に。
いつもありがとうね。
お母さんももっと頑張るから。」
「頑張ってきただろ、母ちゃんが1番。
母ちゃんが1番、子どものことだけを考えて頑張ってきただろ。
自分の人生を捨てて、俺と理子の母ちゃんになっただろ。」
そんなことを言ってくる息子に笑いながら口を開いた。
「自分の人生なんて捨ててないよ、私は。
消えてなくなったような私の人生を、理子と光一が与えてくれたんだよ。
“お母さん”にしてくれて、人生を与えてくれたんだよ。」
そう答えた私に、光一は少し難しそうな顔をした。
「“お母さん”の顔を、理子と俺が与えた?」
「うん、与えてくれた。」
「そうだな、与えたな・・・。
あの時は、あれが1番良かった・・・。
理子にとってだけじゃなくて、桃子にも・・・。」
光一はそう呟き、私の方を見詰めてきた。
そして、口を開いた。
「“女”の顔、与えてやるから。
今度は“女”の顔を、俺が。」
そう、口を開いた・・・。
思っていたとおり、光一はそのつもりだった・・・。
そのつもりで、私とセックスをしていた。
私に愛の言葉のようなことを囁いていた・・・。
私に“女”の顔を与える為に・・・。
私が恋愛が出来るように・・・。
私が結婚出来るように・・・。
渡と私が結婚すると勘違いしていた子ども達。
何度も否定していたけれど、そう勘違いさせてしまっていた。
そして、渡と私が揃って改めて否定をすると・・・
光一は私を“女”にしようとしてきた・・・。
年下の可愛い彼女がいるのに、“お母さん”の私が“女”になれるように顔を与えようとしてきた・・・。
いらないのに・・・。
そんなの、いらないのに・・・。
そんなことまでしくれなくていいのに・・・。
そんなことをしてきて・・・。
そして、今では・・・
「“女”になって俺と結婚しようよ、桃子。」
こんなことを言ってくる・・・。
“お母さん”の私に、そんなことを言ってくる・・・。
「可愛い息子の人生を破壊する“お母さん”が、どこの世界にいるの・・・。」
始業時間となり人事部の部屋を出ていった大きな背中に、小さな声で呟いた。
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