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驚きながら天野さんを見る。
でも、すぐに笑った・・・。
笑った口からは乾いた笑い声しか出てこなかった。
「そういうこと・・・。」
小さく呟きながら、私は立ち上がった。
「私を企画部に戻して。」
天野さんを睨み付けながらそう言った。
おかしいと思っていた。
企画部にしかいなかった私が何故人事部に配属されたのか。
おかしいと思っていた。
この悪ガキが、あんな理由があるとはいえ何故私にセックスをしてきたのか。
「利用しないで。
私の人生よりも何よりも、この子の人生まで利用しないで。
この子の人生は破壊しないで。」
悪ガキの頭にポンッと手を乗せながら天野さんを睨んだ。
そして、口を開く。
「“雷(かみなり)”だかなんだか知らないけどね、余計なことをしてみなさい。
あんたも奥さんも、子どもだって、私は一生恨んでやるから。」
そんな最悪なことを、言う。
どんな最悪なことでも、言う。
守る為に、戦う・・・。
「私は、死神。
私は・・・本当の意味でも、死神なの。
嘘だと思うなら、私のことを調べてみなさい。
社内だけじゃなく、社外のことまでも。」
*
ミーティングルームを出た後、廊下を早足で歩く。
色んな社員から笑顔で挨拶をされたけれど、全てを無視して歩く。
そして、階段を駆け上がり・・・
1番上の階へ・・・。
会長室にノックをせずに入った・・・。
「渡(わたる)!!
私を企画部に戻してよ!!」
会長の第一秘書、岩渕渡。
社宅の隣の部屋に住む、私のもう1つの家族。
その父親である渡にそう叫んだ。
“おじいちゃん”は不在で、渡が忙しそうにデスクで仕事をしている。
社長を退任して数年、まだまだ会長として実権がある“おじいちゃん”。
その第一秘書の渡は今でも多忙。
私の顔も見ることなく口を開く。
「桃子の異動は、俺の力じゃないから無理だな。
天野さんだろ、天野さん!!
今回は全てを天野さんに託してるよ、会長!!」
「“おじいちゃん”、老眼でしょ!?
もう目見えてないんじゃないの!?
何あの人!?最悪なんだけど!!」
“お母さん”の顔ではなく、“桃子”の顔で渡に愚痴る。
「天野さん、何だって?」
「長峰と宝田だけじゃなくて、今度は私を結婚させようとしてきてる!!」
「桃子を?何でだよ?」
「・・・あの悪ガキと私を!!
結婚させようとしてきてる!!」
私がそう叫ぶと、やっと渡が顔を上げた。
「それは・・・俺にも考え付かなかった。
いや、俺だからこそ考え付かなかった。」
「それが当たり前だから!!
どこの世界に“お母さん”が・・・」
そこまで言って、言葉を切った。
そんな私を渡が笑いながら見てくる。
「派閥が混乱してる間に、桃子という絶対的な存在を上に置くのか。
桃子に試合の審判をさせる為に。」
「そんなことしたくないから!!
審判になんてなりたくないから!!
死神の私がそんなポジションになったら、それはそれで反乱が起きる!!」
私がそう叫ぶと、渡はジッと私のことを見てきた。
「それよりも、あいつと結婚するつもりはないのか?」
「バカなこと言わないでよ・・・。」
頭を片手で抱えながら会長室のソファーに座った。
「バカなこと言わないでよ・・・。」
もう1度そう呟く、渡は小さく笑った。
「案としては良い案だけどな。
これ以上にないくらいの案だけどな。」
「バカなこと言わないでよ・・・。」
「天野さん、名前のとおり“雷(かみなり)”みたいな頭持ってるよな。
天野雷(らい)。」
「本当にそれ・・・。
厄介すぎて、関わりたくなかった・・・。」
「それは難しいだろ、桃子の場合は。」
「マジで・・・最悪・・・。」
片手ではなくて両手で頭を抱え、大きな溜め息を吐いた。
それから勢い良く立ち上がる。
「よし・・・、行きますか。」
「どこに?」
「お昼ご飯!
理子がお弁当作ってくれたんだよね~!」
「俺にもくれたよ。」
渡が嬉しそうな顔をしてお弁当箱を掲げた。
「うちらの娘達、真理も理子も可愛すぎるよね。
客観的に見ても1番可愛い。」
「息子も可愛いだろ、息子も。」
そう言われ、私は苦笑いになる。
「ソウデスネ・・・。」
「なんでカタコトなんだよ!!」
渡と笑い合い、少し軽くなった気持ちで会長室を後にした。
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