第28話

「じゃあ、行ってきます」

「ああ。気をつけて。無理だと思ったら帰ってきなさい」

「はい」


 翌朝、私たちは早速帝国へと向かうことにした。

 砂漠を越えると言うことで、体を被えるローブや防塵眼鏡など、一通りのものは揃えた。


「じゃあ、マイヤをお願いします」

「はい。任せてください」


 町長さんにそう言われ、しっかりと目を見て返事する。

 マイヤが挨拶を終わらせたことを確認して、小さく「じゃ、行こっか」と伝える。

 マイヤが頷いたのを確認して、私たちは町を出発した。




 帝都までは、ここから歩いて1ヶ月以上掛かる長旅だ。

 馬車であれば早く着くだろうが、どうやら帝都が荒れているらしく馬車の数が大幅に減便されている。

 加えて、このベルティナの町の状況を鑑みて、ベルティナからの直行便は一切ない。

 帝都に馬車で行くには、ここから一度王都へ戻って1週間に1本しかない馬車に乗らなければならない。

 それなら歩いて行った方が良いだろうということで、私たちは歩くことにしたのだ。


「やっぱり荒れてるね」


 ひたすらに帝都の方向へ向かって歩いているが、やはり草が枯れている。

 砂漠が近いというのもあるだろうが、湿度も極めて低いように感じる。本当に空気中の水分を丸々かっさらっていったみたいだ。

 ……帝都の状況がどんな感じなのかわからないけれど、戦闘になる可能性が高い気がする。

 帝都の方角、少し距離のあるところで魔力の塊を感じるのだ。

 おそらく魔物がたくさん居る。できるだけ魔力を節約していきたいが……。


「さすがに1ヶ月は長いよね」

「はい。馬車が出ていたら良かったんですが……」


 さすがに長すぎるのだ。

 途中くらいまで魔法で飛ばしても良いかもしれない。

 もし状況がひどいようであれば、少し戻って安全なところで数日、魔力が回復するのを待つというのも一つの手だろう。

 一応この前買ったブレスレットに魔力をためているからよっぽどのことがないかぎり大丈夫だと思うのだけれど、最悪魔力が底をつきかけてもなんとかなると思う。


「よし。魔法で飛んじゃおうか」

「え? そんなことできるんですか?」

「できるよ。でもあんまり試せてなくて魔力の消費とかひどいから、使いたくないんだけどね。時間はお金に変えられないって言うことで、飛ばしちゃおう」


 箒とか絨毯とかがあれば良いのだけれど、そんなものは旅に必要ないと思って持ってきていない。

 1人ならそのまま浮き上がって飛んでしまおうと思っていたから。

 しかし複数なら何かの上に乗ってその乗り物を飛ばした方が魔力の持ちが良いと思う。


「うーん、まあこれでいいや」


 できる限り楽に移動したいと言うことで、アイテムボックスから浴槽を取り出した。

 ベッドとかあれば良かったんだけれど、私が持っているのは寝袋だから。1人なら寝袋で寝ながら移動しても良いかも?

 でも寝てたら魔法切れるかな。そこら辺は今度練習しておこう。


「えっと、お風呂?」

「うん。これを飛ばすから入って」


 マイヤは困惑し、「お風呂……」とつぶやきながらも靴を脱いで浴槽に入っていった。

 浴槽の広さとしてはそんな広いわけじゃないけど、2人くらいならのびのびと旅が出来るだろう。

 マイヤはまだ若いから、きっと途中で疲れて寝てしまうだろう。

 寝ても落ちたりしないし、休憩するときはそのまま地面に降りてお湯を張れば本来の使い方も出来る。

 いいね。浴槽飛ばすの。




「じゃあいくね~」

「はい。お願いします」


 浴槽に入った私たちは早速空を飛ぶ。

 マイヤは進行方向の縁に手を当て、徐々に離れていく地面を見ている。


「すごい……、本当に飛んでる」


 こんなの朝飯前だよ。みたいな感じで済ました顔をしている私だが、内心成功して良かったと安堵し、喜び舞い上がるのを必死に押さえている。

 出来ることなら立ち上がってガッツポーズをしたいくらいだ。

 そりゃ1人で少し飛んだことはあるけれど、浴槽に人を入れて飛ばしたことなんてないからね。

 浴槽は徐々にスピードを上げ、荒れた地の上をそこそこの速度を出しながら通過していく。

 この速度なら1週間もしないうちに着けると思う。


「あの、私もっと砂漠の砂嵐に巻き込まれながら、ローブをなびかせ、腕を顔の前に当てながら過酷な旅~、みたいなのを想像してたんですけど……」

「うん。私も。でも快適でしょ?」

「ええ、まぁ……」


 確かにそっちの方がかっこいい。

 実際、それをするために真っ白なローブを用意して貰ったのだから。

 ていうかこの砂漠歩いている人がよく来ているローブというかマントって正式名称何なんだろう……。まあ別に良いけど。


「いや~、それにしてもほんとに雲1つないんだね」


 浴槽に入りながらベルティナの町の方に目をやると、まるでその部分の雲を吹き飛ばしたかのようにベルティナの町上空だけ雲が存在していない。

 逆に、進行方向、帝都の方を見ると、真っ黒な雲がもくもくと空を覆っている。

 本当なら帝都は砂漠で、雲なんてないはずだけど。






 空を舞い始めてから数時間が経った頃、マイヤが少し恥ずかしそうな顔をしながら言ってきた。


「あの、お花を摘みたいんですけど……」

「ん? トイレ? ああ、まき散らしちゃいなよ。どうせ下からじゃ見えないし」


 そういうと、耳まで真っ赤に染め上げてあわあわとしている。

 かわいい。


「冗談だよ。昼食も取りたいし、さすがに私も疲れてきたから一回降りよっか」

「……はい。お願いします……」


 速度を少しずつ下ろし、ゆっくりと地面に近づいていく。

 ここはまだセレニア王国で、帝国領に入るのは明日になるだろう。

 ここら辺まで来ると、あたりは卓状台地メサになっていて、この卓状台地は帝国領内に入ってもしばらく続くらしい。


「いや、風強……」


 着陸すると、なかなかの強風が地上付近で吹いていた。

 ローブをかぶればもう、理想通りの荒れ地旅だ。


「あの、トイレはどこですればいいでしょうか」

「ん? あの岩の陰で良いんじゃない」

「えっと、砂が……」

「ああ。確かに」


 風が吹き荒れていて、それでいて砂も飛んでいるから、その中で下半身を堂々露出して用を足すというのはあまり良くない。

 ということで、優しい私は簡易的な建築物を作ってあげた。

 ついでにもう1つ建物を建てた。

 ご飯はその中で食べる。ご飯食べたら少し休憩して、また旅をしよう。

 こんな強風の中外でご飯を食べてしまえば、口の中に砂が入ってジャリジャリ飯になる。

 干し肉とかを炙るくらいなら大丈夫だろうけれど、スープとかを作るのは無理だろう。

 具材に砂はいらないね。




「はいこれ」

「ありがとうございます」


 今日の昼食は町のみんなが作ってくれたお弁当だ。

 本当にありがたい。涙が出そうだ。

 だっていつもなら固いお肉を食べるところを、柔らかくてちゃんとした味のある食事をいただけるわけだ。

 最高すぎる。


「マイヤ、辛いことがあったら言ってね。お姉さんに任せて」

「はい。ありがとうございます。……そういえば、お姉さんって言いますけど、ギンさんって何歳なんですか?」

「うーん、永遠の16歳だよ」


 すこし語尾にハートを意識しながら言うと、マイヤは頭の上に明らかなクエスチョンマークを表示させた。

 ……見た目は16歳で変わっていないはずだ。ていうか16歳って言っても大丈夫でしょ。普通に16歳だから。


「えっと、同い年ですか?」

「うーん、うーん……、まあ解釈の仕方による」

「??? まあ、大丈夫です」


 何が大丈夫なのだろうか。

 まあ大丈夫じゃなくした本人が言うのも何なので黙っておいた。

 別に正直に言ってもいいと思うんだよ。でも余計ややこしくなると思う。

 町長に見せるときに気がついたけれど、身分証の提示を求められた時以外はギルドカードを裏面にしてみせればいいんだよね。

 裏面ならギルドの紋章とか、そういうものだけで私の個人情報はばれない。

 ちなみに、不老不死を表示する設定だが、いじっていたらどうやら自分で変更できるらしい。出来るなら出来るって言ってくれれば良かったのに。

 あ、年齢は隠せなかったよ。

 ていうか、スキル関係とかも含めて全部見せる設定にも出来るみたいで、これらは臨機応変に切り替えながら行こうと思う。

 今は不老不死も含めて、スキルや称号関係は消えるようにしてある。


 まあこの話は良いのだ。


「よし。食べ終わったらまた出発しようか」

「はい」


 そういうと、ゆっくりと食べていたマイヤは急いで食べ始めた。


「ああ! 大丈夫だから。ゆっくりで良いよ。急かしてない」

「はい。分かりました」


 ……マイヤの心を開くには時間が掛かりそうだ。

 自分から心を閉じ込めているような。感情を押し殺しているような。そんな雰囲気を彼女からは感じる。

 旅は楽しい方が良い。確かに目的は深刻でシリアスだけれど、せっかくの女子旅だから。

 それにマイヤはかわいい。笑顔の方が良いに決まってるよ。  

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