第29話
「よし、ここら辺からは歩こっか」
「え? はい。分かりました」
あれから5日ほど経過して、既に帝国領内へと入ってきている。
帝国領は大半が砂漠で、町や村は基本的に川やオアシスの近くにしか発展しない。
ここから一直線に帝都へ向かって歩いても、途中に町は一切存在しない。ただひたすらの砂漠旅だ。
なぜそんな中途半端なところで飛行を止め、地面を徒歩で進むか。
もちろんしっかりと理由が存在している。
帝都に近づくにつれて徐々に強く感じる魔物の気配。
広めの探知魔法を発動したところ、どうやら帝都にはたくさんの魔物がいるらしい。
それもどうやら魔物は人の魔物。つまり魔人が大半を占めているようだ。
明らかにおかしい。
なにか帝都で魔力爆発のようなものが発生したのか。それとも人為的な何かによって行われたものなのか。
それは分からない。
ただ、普通ではあり得ないようなことが発生しているのは確かだ。
魔物は魔力に敏感で、わたしが常に発動している身体強化の魔法程度ならば大丈夫だろうが、飛行していればこちらの存在に気づかれる。
明らかにやばい状況だと分かった今、できるだけ魔力の節約だってしたい。先バレもしたくない。
だから飛行を止めた。
地面を歩いた方が都合が良いのだ。
魔力は生きていれば自然と外へ流れていく。
流れていかなければいずれ魔力飽和を起こして魔物化してしまうからだ。
その流れ出る魔力を今は外へ出ないようにしている。
わたしは魔力量が多い。となると外へ流れる魔力も多い。魔物に簡単に気づかれてしまう。
まさか魔道具市で買ったブレスレットがこんなに早く役に立つとは思わなかった。
話は変わるが、この5日間、マイヤと全然仲良くなれなかった。
話す機会はたくさんあった。
ただ、わたしが話しかけても話をすぐに止めてしまう。
わたしが魔法を使っていて、集中力を切らさないようにということで気を遣ったというのもあると思う。けれど、なんとなくわたしを避けているような。そんな雰囲気を感じる。
絶対帝都に着くまでに仲良くなってやる。
照りつける灼熱の太陽。
上から降り注ぐ太陽の光は砂漠の砂に反射して目にとどく。まぶしい。
防塵眼鏡のおかげで多少は目に優しくなっているが、それでもまぶしいものはまぶしい。
ローブをかぶってひたすらに砂漠を歩く。
砂漠と下駄は相性が悪い。
さらさらの砂に下駄は沈むし、それに太陽によって熱された砂がわたしの皮膚にダメージを負わせる。
夏にビーチに行くと砂浜が暑くてあら大変みたいなことがあったが、それの上位互換だ。
日陰なんてないから砂の冷たいところに戻ることすら出来ない。
定期的に足に水を掛けている。
帝都まではここから徒歩で4日ほど。
その間ずっと砂漠だ。
「マイヤ、大丈夫?」
「はい。暑いですがなんとか大丈夫です」
「そっか。きつかったら言ってね」
「わかりました」
ザクザクと足音を立てながら一歩一歩帝都へと向かっていく。
「よし。今日はここをキャンプ地とする」
昼過ぎ頃に歩き始めてもう日が傾いてきている。
砂漠は熱をため込むところがない。そのために昼間と夜中との気温差が激しい。
気温差が激しいと体が驚いて体調を崩してしまうかもしれない。
もちろんエアコンなんて有るわけないし、体温を調節するのは布団だけ。
私たちの周りをぐるっと囲って簡易的な建物を作る。
床もしっかりと固めて、アイテムボックスから取り出したカーペットを引く。
椅子や机も配置して疲れをしっかりと癒やせるようにする。
ここまでの5日間は基本歩いたりとかはしなかったので、そこまで疲れはしなかった。
ただ、今日からしばらくはひたすら徒歩だ。
マイヤは明らかに疲れたような表情をしている。わたしは身体強化をしているからあまり疲れない。
ただマイヤはそんなのはないので疲れてしまう。完全に忘れていた。
「ごめんマイヤ。休憩なしでずっと歩いちゃって」
「いえ。大丈夫ですから」
そういってにこりと笑うマイヤ。明らかな作り笑いで胸が痛くなる。
「よし。先にお風呂入って良いよ」
「わかりました。お先に失礼します」
そういって浴室の方へとマイヤが向かったことを確認して作戦スタートだ。
皆は一気に距離を近づける方法と言えば何を思い浮かべるだろう。
そう。裸の付き合いだ。
この場所にはわたしとマイヤ以外居ない。
外からも絶対に入ることが出来ない。今マイヤは浴室に居る。
「よしっ!」
気合いを入れ、一気に着ていた服を脱ぎ捨てる。
そして、できるだけ感づかれないようにゆっくりと浴室へ近づく。
簡易的ではあるものの、しっかりと機能をなす扉をゆっくり開け、音を立てないように脱衣所へと侵入。
脱いできれいにたたんであった服をアイテムボックスにしまい、念のために脱衣所とリビングをつなげる扉を魔法で塞ぐ。
そして、ゆっくりと浴室の扉の前に近づき、張り手をする直前のような姿勢を取る。
(3、2、1……)
「どーんっ!」
「うわぁぁああッ!?」
一気に扉を開ける。
バコンッ! という大きな音とともに開いた扉の先には、全身を泡で包まれ、ちょうど桶で浴槽からお湯を掬って泡を流そうとしている所のマイヤがいた。
それに目をとめず、ささっと浴室へ侵入。そして扉を塞ぐ。
「な、ギンさん!? どうしたんですか!?」
しばらく固まった後、状況を理解したのか焦りながらこちらへ問いかけてきた。
「どうしたって、お風呂に入りに来たんだけど」
「えぇ……」
「気にしないで、ほら。泡を流さないと」
そういってあわあわなマイヤの体に魔法で温水を拭きかける。
ひゃっ! っと声を出すマイヤだが、緊張しているのかじっと固まってそのお湯を受けていた。
わたしも髪と体を洗い、2人で湯船に浸かっている。
マイヤは顔を赤くして俯いている。
「マイヤ、好きな食べ物は?」
「え? えっと、りんごです……」
「じゃあ、好きな色は?」
「えっと、緑です」
「じゃあ、好きな動物は」
「え? ど、動物? ……オカピ」
オカピ!?
オカピってどんなのだ? やばい想像できない。
「じゃあ、好きな季節は?」
「えっと、春、ですかね……、って! なんなんですか!」
「いや、親睦を深めようと思って」
「そうですか……」
……だめだ。全然話が盛り上がらない。
だって200年ろくに会話だってしていなかったし、好きな○○すら浮かんでこないわ。わたしのコミュ力が絶望的すぎる。
そう思わず俯いてしまったわたしの目に、とあるものが映り込んだ。
「……マイヤ、その傷は?」
「ッ!?」
マイヤの右脇腹辺りに、刃物でできたと思われる傷がついていた。
それを指摘すると、マイヤはしまったといった様な顔をして、バシャリと水を巻き上げながら両手でその部分を隠し、見えないように体を横へ傾けてしまった。
「……べ、別に。昔できた傷です」
「何で出来たの?」
「転んで……」
「いや、転んで出来るような傷じゃないでしょう」
「転んで、それでぶつけたんです」
「えぇ、そんなんで出来るほどの軽い傷ではないでしょうに」
「……べつにいいじゃないですか」
「良くないよ」
「ギンさんには関係ないですから!」
しつこかったかな。
マイヤは旅を始めてからのなかで一番大きな声を出した。
でも関係なくない。私たちは仲間だ。
「関係ないって……、私たちは短い間だけど仲間でしょ」
「仲間だからって何でも言うわけではないです。わたしはもう出ますから」
そう目を背けたまま早口で言い、マイヤは急いで湯船から上がった。
ただ、扉の前で立ち止まり、小さく言葉を発した。
「あの、扉が……」
扉を開かないようにしているので、ここからマイヤは出られない。
何も出来ずに立ち尽くすマイヤを、わたしはゆっくり後ろから抱きしめる。
マイヤは嫌がり抵抗するが、身体強化をしているわたしの腕を振りほどけやしない。
「止めてください!」
「……マイヤ、魔法が使えるよね。嫌ならわたしに魔法を打ちな。わたしはそれを受け止めよう」
そう言うと、マイヤは少しびくりとした。
おそらく魔法が使えると言うことを隠していたのだろう。
「……いつから分かってましたか?」
「最初からだよ。わたしの黒いギルドカードを見たでしょ。誰が魔法が使えて誰が魔法を使えないかくらい分かる」
「放してください」
「放さない」
「……放して」
「嫌だ」
「ッ!」
頑なに放すことを拒んでいると、マイヤはおそらく身体強化を発動したのだと思うが、先ほどとは比べものにならないほどの力でわたしを振りほどいた。
思わず体勢を崩し、後ろに強く押されたと言うこともあって後ろへ下がってしまった。
お風呂はやっぱり広い方が良いかなって浴槽も、浴室も凄く広くしていた。
ただ、その判断はあまりよろしくなかったかもしれない。
もしここが狭い部屋であったら大きな魔法放てなかった。
ただこの部屋は無駄に広い。
マイヤは少し距離を取り、体勢を整えようとするわたしに向かって直径30センチほどのドリルのような形をした岩を、思いっきり打ち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます