第27話

「なんだこれは……」


 しばらくの時が経過し、ついに私はセレニア王国にある、ベルティナの町に到着した。

 だが、そこは前情報で聞いていた、水と緑が豊かな美しい町とは違った、砂埃の舞う薄汚い町だった。

 なみなみと水の張っていたであろう湖には一切の水がない。

 青々としていたであろう木々も、今では枯れてしまっている。

 風が吹けば、砂漠のような砂が舞い上がり、辺りを黄色く濁らせる。

 これではさながら水の涸れた砂漠のオアシスである。

 せっかく美しかったであろう白い町並みも、今や砂埃のせいで黄土色に変色してしまっている。


 到着する前から嫌な予感はしていた。

 旅の途中までは良かったのだ。

 だが、ベルティナの町に近づくにつれて、枯れている草の数が増えていた。

 最初は緑豊かだった草原も、こちらに近づくにつれて荒れ地のようになってきていたのだ。


「えっと、これはどういうことでしょうか……」


 町の広場らしきところで、何やら話し合っている集団を見つけた。

 よそ者がこういう事情に首を突っ込むべきではないかと思ったのだが、何か力になれることがあるかもしれない。

 そう思い話しかけてみた。






 どうやらその集団はこの町に住まう人たちの会議であり、おかげである程度の事情が分かった。

 聞けば、数年ほど前から突如雨が降らなくなったらしい。

 初めのうちはこの広大な湖のおかげでなんとか持っていた。だが、湖の水はどんどんと外へ流出していった。

 いまでは植物もろくに育たない荒れた土地になってしまったと言うことらしい。


「えっと、こうなった心当たりとかはないのですか?」

「……それが、どうやら隣国のフェネリディア帝国という国がここら辺一帯の水を奪っているらしいんだ」

「??? どうしてここから水を?」

「フェネリディア帝国は砂漠の国で、常に水が枯渇状態なんだ。だから水を奪った」

「それはセレニア王国が対応してくれたりはしないのですか?」

「こちらも問い合わせてみた。だが厳しいんだ……」


 このベルティナの町は、フェネリディア帝国との国境付近に存在している。

 ここから帝国領に近づくにつれ、徐々に砂漠の気候に近づく様だ。帝都は完全に砂漠のなかにあるとか。


 他国に貴重な水資源を奪われている。そのせいで民の生活に影響が出てしまっている。

 このような、国家を挟む問題は、国に対応して貰うのが解決への近道だ。

 だが、フェネリディア帝国は強大な力を持っていて、戦争になれば敵わない。だからセレニア王国はできるだけフェネリディア帝国と敵対関係を持ちたくないのだ。

 隣国同士、なかよしこよしで国家運営をしていきたいそうだ。

 そのため、いくら国に言っても「時が解決する」との一点張りで、救援物資は返信の書簡に同封される水の出る魔道具のみ。


「だったら私が行く! 私が皇帝を殺してくる!」

「よせマイヤ! お前に敵うわけがないだろう」

「でも!」


 町長と私の会話へ、この町に住んでいるという女の子が入ってきた。

 美しいピンク色の髪。年齢は16歳と言った所だろう。

 女の子は必死の形相で叫んでいる。何か焦っているような。そんな表情をしながら叫んでいる。

 手を放せば今にでもフェネリディア帝国に向けて走り出してしまいそうな位に。


「すみません……。この子はマイヤと言いましてね、最近はずっとフェネリディア帝国に行って戦うと行っていたのです。放っておいたら一人で行ってしまいそうだったので、最近は家から出さないようにしていたのですが……」


 そろそろ大丈夫だろうと言うことで、ちょうど今日家から出したらしい。

 だが、やはりフェネリディア帝国に行くと言って聞かないとか。


 さて、どうしたものか。

 この町の状況はあまりにも悪すぎる。

 こんな幼い少女が必死になって訴えなければならないほどに悪い。

 美しかったであろう町並みも、今や無残な状況だ。

 おそらくこの町の主な産業は観光であったと思う。みても畑のようなものはほとんどない。

 だが、こんな状況では観光なんてやっていられない。道理で馬車に誰も乗っていなかったわけだ。

 別に私は部外者なわけだから引き返してもいいと思うのだけれど、こういう現状を見逃して帰るというのも後味が悪い。

 しかし、私は別にこの町に恩があるというわけでもない。


 目の前では必死の形相でフェネリディアへ行きたいと叫ぶ少女がいる。

 皇帝を殺したいとその美しい顔を崩しながら叫ぶ少女がいる。

 ……私は若い子に弱いんだ。


 アイテムボックスからギルドカードを取り出して、先ほどまで話していた町長さんに見せる。


「私は黒のギルドカードを持っています。……どうかこの件、私に任せてくれませんか?」

「……それは、本物ですか?」

「偽物な訳ないでしょう。もし偽物なら打ち首ですよ」

「そう……、ですよね……」


 辺りにざわめきが広がる。

 マイヤという少女も驚いたような、困惑したような表情でこちらを見つめている。


 悩む町長。

 しばらくして、町長がゆっくりと口を開いた。


「……どうか、この町をお救いください」

「はい。お任せください」




 どうやらこの町にいる間の滞在場所を提供してくれると言うことで、そこへ向かうために広場を後にしようと歩き出した時。


「あの! 私も連れて行ってください!」


 マイヤだった。

 「お前では足手まといになる」とか、「ここは任せるべきだ」とか、そんな大人たちの言葉を無視し、私へ必死に訴えている。

 そんな大人たちの声を制止し、私もゆっくりと口を開く。


「死ぬかもよ?」

「承知の上です」


 う~ん、意志が固そうだ。

 断っても後ろからひそひそとついてきそう。ついてくるなら堂々とついてきてくれた方が楽だ。


「……わかった」


 若い子を巻き込むのは嫌だ。

 でも熱意に負けた。






「ああやって大口を叩いたは良いものの、私、ここら辺の地理感覚がないんだ。だから道案内をお願いしたい。

 多分戦いになる機会があると思う。皇宮に侵入するわけだからね。

 だから戦いは私に任せてほしい。さっき見たと思うけど、私はベルフェリネ王国国王、ベリネクス・フォン・ベルフェリネから承認を受けた冒険者なんだ。

 腕では負けないよ」


 町長さんたちが用意してくれたのは、この町で一番の宿のスイートルーム。

 広い。そしてきれい。

 そんなホテルの一室、ベッドの上に座って話をする。


「マイヤはどうして皇帝を殺したいの? 別に今回の件は皇帝が指導しているわけじゃないかもしれないよ」

「……私は、この町を守りたいんです」

「そっか」


 さて、どうしたものか。

 正直解決方法が分からない。

 私こういう推理系のものが苦手だ。……私も皇帝をぶち殺すしか浮かばない。

 まあなんとかなるさ。


「よしっ、出発は明日の朝でいい?」

「はい。大丈夫です」

「そうそう、忘れてたね。私の名前は石見銀。ギンで良いよ」

「はい。私はマイヤです。これからしばらくよろしくお願いします」


 こうして、私たちはしばらくの間、共に旅をすることになった。

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