第18話 結

 あの村では酷い目に遭ったが、よかったこともある。


 例えばきゅうりの漬物の味を知ったこととか。あれ以来飯屋にくるたび漬物が付いていないか訊いている。


 腹ごしらえを済ませ、おれは食事処を出た。


 なんの変哲へんてつもない町だ。山にでる妖怪の噂もなければ、子どもたちに群がられもしない。誰もおれに見向きもせず先を急いでいる。


 行き交う人間の中に、奇山きやま先生の姿は見当たらなかった。あの人のことだ。きっと今頃は版元の人間をまいて町外れのどこかで待っているのだろう。

 今もおれは荷物持ちとして旅に同行している。


 あの村を訪れて、よかったことがもうひとつあった。


「あのう、落とされましたよ」


 背負った荷から落ちたらしい手拭いを、男が拾ってくれていた。礼を言って受け取ると、男は大きなたるを担ぎ直して去っていった。


 人間もそう悪いやつらばかりじゃないのかもしれない。


 里の仲間が聞いたら呆れ返っただろう。それでもいい。


 奇山先生はもうあの村に興味はないそうだ。けれども、おれはいつかまた足を運んでみたいと思っていた。


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山河奇譚鏡—口碑収集家と河童の奇譚道中— なら小鹿 @narako

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