第13話 牛鬼、村を襲う

 ことが起きたのは翌朝だった。宿屋の主人から逃れようと、おれは昨日の先生を真似てひとり部屋を抜け出した。


 朝の風が肌寒い。村の人間とすれ違うたび身構えたが、客引きまがいのことはされなかった。珍しいもの好きな反面、飽きっぽいのか。それとも。


 ……夜のうちになにかあったのか。


 手で覆いを作って囁き合っている人間がいた。それをたしなめる人間も。


 山手にほとんど崩れかけた家があった。屋根が地面に着くぐらい傾いていて、まるで大風にやられた後だ。昨日はこんな家なかった。


 田畑は見晴らしがいい。倒壊寸前の家屋があれば自然と目についたはず。耳打ちし合っていた話はこれだろうか。他の人間は遠巻きに眺めるだけで寄り付こうとしない。


 戸口には啜り泣く女がいた。そこだけ地面が湿って黒くなっている。濡れた跡はものを引きずったみたいに家の中から山へ向かっていた。


 女が顔をあげる。抱いていた毛皮は血で汚れていた。


 ぞくっ、と怖気立った。


 ——牛鬼は極めて残忍な性格だと伝えられている。好んで人を食い殺すという伝承が各地に残っているほどだ。


 道中で奇山先生はそう語っていた。


 めきっ、めきっ、と柱の折れる音がする。巨大なものが壁にのしかかってきて、意図も容易く壁が崩れていく。夜中だったせいで灯りもない。食らいつかれ、ずるずると外へ引きずりだされ——


 足が二、三歩後退りする。


 背中に誰かがぶつかった。野次馬がなにか囁き合っている。

 おれは顔もしっかりと見ないまま駆け出した。もうこんな村には一日たりともいたくなかった。聞きたくないのに、野次馬たちの声が嫌でも耳に入ってくる。


 ――あの家は頑なに牛鬼除けを買わなかった。


 ――不信仰が祟ったのだ。


 ――山で熊を撃ちすぎたから。


 おれは目をつぶって足を速めた。宿屋に戻ったら、荷物をまとめて村を出てやる。


 前を見ていなかったせいで、また誰かにぶつかって尻餅をついた。


「瓜助じゃないか」

 奇山先生だ。


「どうした、夢に牛鬼でもでてきたか」


 いつもと変わらない口ぶりだった。呑気な態度に、感情の歯止めが効かなくなる。


「せ、先生、すぐにここをでましょう! ここには……」


「そうか。すまないが発つ前に済ませないといけない用件ができたんだ。しかし、きみがそう言うのなら」


 早速済ませるか、と奇山先生なにとも言わずに踵を返した。野次馬のひとりを捕まえ、長者の屋敷の場所を尋ねていた。


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