第7話 瓜助、夕餉をご馳走になる
日が傾いてきている。薄暗くなった山道を下る少女に連れられて、おれは家に案内された。麓にあったあの家だ。
がたがたと戸を開けると、竈で竹筒を吹いていた女が顔をあげた。
「お春。その方、どなた」
女はお春と呼んだ少女によく似ている。
外で土を踏む音がした。振り返ると村の方から大荷物を背負った男が歩いてくる。背中の荷は縄で締めた漬物樽だ。家に着くなり男も同じことを訊いた。
「山で、助けてもらったひと」
と、お春はそれまでの経緯を語り始める。
女と男はお春の両親だった。話を聞いて二人は深々と頭を下げた。
「このたびは娘がお世話になりました。大層なお礼はできませんが、どうぞお上がりください」
そう言って
人間が作った料理に口をつけるのにはまだ抵抗があった。その昔、人間は水神だった八つ首の大蛇にたらふく酒を飲ませ、酔ったところで首を切り落としたという。
宿屋の主人の顔が頭に浮かぶ。それからおれに好奇の目を向けてきた人間たちもそう。おだてられている気がして居心地が悪かった。
「もしかして、漬物はお嫌いでしたか」
黙っていると母親が訊いてきた。
されていることは同じはずなのに、どうにも箸をつけないのは悪い気がする。
躊躇いがちにおれは茶碗を手にとった。白い米からは湯気がたっている。
箸の使い方にはまだ慣れない。迷った挙句、小皿に盛られた漬物を選んだ。樽漬けにされたきゅうりは水気をたっぷり含んで萎びているようだった。
前に奇山先生がしていたのを真似て、米に漬物を乗せて口に運ぶ。
……なんだこれ。うまい。
柔らかな米の食感にまじって、こりこりとした歯応えがある。噛むたび音がして、きゅうりの味が染み出してきた。自然と箸が進む。
気づけば小皿が空になっていた。土間には石で重しをした樽がいくつもある。あのひとつひとつにきゅうりの漬物が入っているのか。
「よろしければ」
父親の声がして顔をあげた。一家はおれを見て目を丸くしている。
「もう一本、召し上がられますか」
おれは頷いた。
米と味噌汁は初めの一杯だけだったのに、きゅうり漬けは五本も食ってしまった。聞けば、この家は野菜や山菜などを漬物にして、それを売っているそうだ。
「しかし、近頃はかんばしくありません。畑を荒らされる家も増えてきて、野菜をわけてくれるところが減ってきておるんです」
家の事情を語った父親は思い出したように娘を見た。
「お春や、お前も山に入るのはよせ」
「でも、今の時期はわさびが……」
「うちには
今日みたいに助けてもらえるとは限らん、と父親がお椀に残った味噌汁を飲み干す。母親は黙って膝をさすっていた。脚が悪いらしい。
「おお、すっかり遅くなってしまった。宿までお送りします。万が一のことがあっては大変だ」
外は既に日が落ちていた。遠くにぽつぽつと灯りが見える。あまりに暗かったので父親は家の奥から破けた提灯をもってきてくれた。
「なあ、この辺りには野犬でもでるのか」
さっきから話の端々に不穏な気配を感じていた。畑を荒らすだの、山に入るなだの、まるで危ないものが潜んでいるようなもの言いだ。
「まだご存じありませんでしたか」
父親は家内の二人に目配りしてから、そっと顔を近づけてきた。
「ここらの山にはでるんです……
かすかに声が震えている。
しかし妙だ。あの人によれば牛鬼は海や川にでる。山の怪異ではない。
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