第4話 瓜助、牛鬼の村へ

 山や川はずっと昔からその場所にある。


 けれども人間が歩くための道はつい最近になって敷かれたそうだ。奇山先生曰く、ひと昔前までは各地で戦が起き、街道を整備することは敵軍を自陣に招き入れるのにも等しいとかなんとか。


 峠を越えると言われたとき、おれは獣道を歩くと思ったが、今歩いている道は想像していたのとだいぶ違う。


 足下は踏み固められて、道案内の塚が立てられている。河童が濁った川より澄んだ川を好むように、人間もならされた道を好むらしい。


 荷物を背負って歩いていると、奇山先生が勝手に話し始めた。旅の連れがほしかったのは嘘ではないらしい。途中まではふんふん、と適当に相槌を打って聞き流していたが、それもだんだんと退屈になってきた。おれは出かけたあくびを噛み殺す。


「ところで牛鬼ぎゅうきは知っているか」

「ぎゅうき、ですか」


 聞いたこともない。おれは首を横に振った。


「牛の頭なる鬼と書いて牛鬼。頭は牛、胴は蜘蛛くも、心は鬼の妖怪だ」


 人間は妖怪を見知った生き物で例える。口伝するのに都合がいいからなのだろう。それとは別に気になることがあった。


「心は鬼ってどういう?」

「牛鬼は極めて残忍な性格だと伝えられている。好んで人を食い殺すという伝承が各地に残っているほどだ。きみも遭遇したら一目散に退散するんだぞ。ああ、荷物は捨てずに」


 不吉なことを。


「この先の村に、牛鬼の伝説があるんですか」

「牛鬼の口伝や伝承だけなら諸国にある。海岸や川の淵に現れ人を襲う話もあれば、見事退治された話も聞く。ただ町で会った行商人によれば、この先にでる牛鬼はよそと少々違っているらしい。それについて人を捕まえて尋ねたいんだが……どうかしたか」

「いえ」


 歩きながら青頭巾を目深になるよう引っ張る。町や村だけでなく、山道であろうと人の手が入っている所を歩くときは必ずこいつを被っている。


 奇山先生は詮索してこなかった。恐らく顔を隠さないといけない事情があるとでも踏んだのだろう。


 見られるのが顔だけで済んだならいい。でも頭の皿を見られたらなにをされるかわかったものじゃない。


 前の町をでる際、河童の木乃伊を見世物にしている小屋があった。通りかかって自然と足が早まったのを覚えている。おれも正体が露見したら同じ目に遭うのか。そう思って震えた。


偽物にせものだよ、あれは」


 前を歩く奇山先生は素っ気なく言う。この人こそ金を払って暖簾をくぐると思っていたが、脇目も振らず見世物小屋を素通りした。


「町に着いて早々見物は済ませたんだが」


 奇山先生曰く、肝心の木乃伊は干からびた小猿に嘴と甲羅を縫い付けた偽物だったそうだ。見世物小屋はそれを河童と称して金儲けをしていた。造りものと看破するのもだが、よくそこまで観察したものだ。


 とはいえ、これから訪れる村の人間が皆そうだとは限らない。



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